■「己を犠牲にして守った所で、その者達の中には悲しみが残り、本当の意味で幸福は訪れない」

 これは飛天御剣流の師匠である比古清十郎が、弟子の剣心に贈ったセリフだ。剣心が人斬りだった時代にたくさんの命を奪ったことを引きずり、自分の命を犠牲にしてでも人助けをしようとする弟子への助言である。

 比古清十郎がこの言葉を伝えたのは、飛天御剣流の奥義「天翔龍閃」を剣心に伝授したあと。その直後、実は「天翔龍閃」は先代の命と引き換えに会得することが判明し、比古清十郎の言葉の重みが一気に変わる。これは単なるアドバイスではなく、彼の遺言でもあったのだ。

 続けて比古清十郎は「天翔龍閃の伝授の結果は御剣の師弟の運命だ」「お前の不殺の誓いの外の事だと思え…」と言ってから地に倒れる。それは、まるで自分の死は剣心の責任ではないので悲しむなと言っているようだった。

 結果的に比古清十郎はギリギリのところで命を落とさずに済んだが、師匠として本当に伝えたかったことが何だったのかが分かる重要な場面に感じた。

 自己犠牲の精神というのは表面上は非常に美しく見える。しかし誰かの犠牲の上で成り立つ幸福というのは、必ずしも「本当の意味での幸福」につながるわけではない。その比古清十郎の想いは、現代社会においても通じるものではないだろうか。

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