■受験漫画からボクシング漫画に強引すぎる転身?

『ドカベン』は作者の構想通りだったようですが、冒頭で触れたのむらしんぼ先生の『とどろけ!一番』は、連載継続を図るための“苦肉の転身”が、残念ながら“アダ”となってしまった作品です。

 同作は、中学の受験戦争を突破するために、主人公・轟一番が進学塾で猛勉強に励むという内容でした。書いても書いても芯が減らない(!)幻の鉛筆“四菱ハイユニ”を両手に持ち、左右で違う答案を解く「答案二枚返し」、目にもとまらぬスピードで文字を書く「ゴッドハンド」など、超人的な秘技を編み出し、試験中に起こるピンチやライバルの卑劣な妨害を乗り越えていくという物語です。

 ところが、いきなり目標の中学校が“入試合格者なし”になるという強引な展開で、一番は中学受験に失敗。すると、実は一番は拳闘家一族の子どもだったという出生の秘密が明らかになり、熱血ボクシング漫画へと生まれ変わります。

 一番は受験に賭けてきたそれまでの人生をあっさり捨て、ボクシングで一番を目指すことに……。受験のために編み出した「答案二枚返し」や「ゴッドハンド」といった技も、動体視力の向上や高速ジャブへの布石だったという伏線に早変わり。あまりの急展開に読者はついていけず、強烈な記憶となって残っています。

 後日、のむら先生は『ゲームセンターあらし』の作者・すがやみつる先生との対談の中で、急な路線変更によって編集部に抗議の手紙が殺到したことや、人気も急降下したことなどを明かしています。余談ですが、そんな苦い経験を糧にして、のむら先生は『つるピカハゲ丸』を大ヒットさせることになります。

『とどろけ!一番』第1巻(小学館)

■犬語をしゃべる“犬漫画”の金字塔

 “転身”でつまずいた作品があれば、見事成功した作品だってあります。中でも筆者が大好きなのが、犬漫画の先駆者・高橋よしひろ先生の『銀牙 -流れ星 銀-』(週刊少年ジャンプ/集英社)。そう、犬が犬語でしゃべる、あの漫画です。

 本作は、大ヒット漫画『白い戦士ヤマト』に続いて、狩猟犬の銀を主人公にしてスタート。ですが飼い主であるマタギとの生活描写はあまりに渋すぎて、お世辞にも子どもにとっつきやすい内容ではありませんでした。

 しかし、あるときを境に銀をはじめとする犬たちがしゃべるようになって雰囲気が一変。宿敵の巨大熊・赤カブトを倒すための仲間を求め、旅立つあたりからストーリーは加速度的に面白さを増していきます。

 高橋先生が描くリアルな犬たちがしゃべる様子は、任侠ドラマ(あくまで犬ですが)の様相を呈し、伊賀対甲賀の忍犬抗争、ありそうでありえない野犬軍団との対決など、見どころが満載。さらに犬もご当地方言をしゃべるという、ムツゴロウさんもびっくりの知られざる犬社会が描かれ、読者を楽しませてくれました。

 作者の高橋先生は、犬をしゃべらせたのは人気低迷に対するテコ入れだったと明かしていますが、その思惑は見事に的中。今では人が犬語をしゃべる2.5次元舞台が上演されるほどの犬漫画の金字塔として輝いています。ちなみに、作中で犬が仲間の“犬死に”を語るシーンは、今ならネットで総ツッコミが入りそうな含蓄ある名シーンです。

『銀牙 -流れ星 銀-』第1巻(Kindle版)
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