マンガ『乙嫁語り』はすべてが詰まったキラキラ「幕の内弁当」!の画像
『乙嫁語り』第1巻

 森羅万象を網羅するほど、多様性にあふれる日本の漫画。読者の中には、どの作品を読んだらいいか、迷っている方もいるのではないだろうか。「人物描写や背景もきれいで読んでいてほっこりする、それでいて、時にアクションもある、さらには恋愛模様や人のつながりを描いている、そんな作品はないか……」と思っている、欲張りな読者にピッタリの、幕の内弁当のような作品がある。それが『乙嫁語り』(BEAM COMIX)だ。

 本作は圧倒的な画力と、キャラクターの緻密な描写に定評のある森薫氏による作品。前作『エマ』(BEAM COMIX)では英国ヴィクトリア朝を舞台に、階級制度を乗り越えて育まれる愛を描いた。

 森氏が、その次作の舞台として選んだのが中央ユーラシアの結婚生活。前作でも見られた緻密な描写と、圧倒的な画力は今作でも健在で、読者をその世界へと引きずりこんでいく。2011年と2013年の「マンガ大賞」で2位、2014年には大賞を受賞している。

 タイトルにある「乙嫁」という言葉は本来、「弟の嫁」、「年少の嫁」という意味だが、本作では、「美しいお嫁さん」という意味であると、出版元のエンターブレインの公式サイトでは説明されている。本作を一度でも読んだことがある人にとっては、この言葉はもう、その意味でしか考えられないだろう。それくらい登場する乙嫁たちが美しく、かわいいのだ。

 本作の最大のポイントは、前述したように超人的と呼ぶべき画力だ。舞台は過去の中央ユーラシアで、家や服装、生活環境は現代の日本の読者にはまったくなじみがない。しかし、丹念な取材に基づく描き込まれた画の魅力には感服するばかり。特に彼らの着ている服は、願いを込めた刺繍などが施されており、息を呑むほど美しい。

 1巻では20歳の乙嫁・アミルと12歳の夫・カルルクという、8歳差の年の差夫婦の様子が描かれ、冒頭はアミルがカルルクの村に嫁いでくるところから物語が始まる。

 この時代における結婚は一族同士の縁談で決まることが多く、両者はお互いのことをほぼ知らない状態から結婚生活を始めることになる。そのため、序盤はお互いの村の風習の違い(アミルの村ではまだ狩りが行われており、アミルも弓を使いこなせる、など)を知っていく描写がみられ、彼らが徐々に夫婦として成長していく様子を見守るような感覚になる。

 そして何より、狩りをしているアミルがカッコいい。ふだんから快活な女性という感じであるが、狩りをするときは「狩人」そのもの。馬を乗りこなし、ウサギを射る描写はその躍動感も相まって非常にカッコいい。大事なので2度言いました。

 そんなアミルが徐々に家族の一員となってきたときに、事件が起こる。普通の恋愛漫画ではつきあうまで、結婚するまでに多くの障害を乗り越えていくが、この作品ではそうした駆け引きとは一風異なった障害を乙嫁、家族で乗り越えていく。

 その障害というのがほかならぬアミルの実家のハルガル家。ハルガル家が、アミルを返せとカルルクたちに迫るのだ。前述したようにアミルの実家は狩りを行っているなかなかの武闘派一家。そんな一家に対してカルルクたちはどう立ち向かうのか、カルルクは自分の妻を守れるのか……。

 と、実はここまでの物語は2巻までの内容。こんなに内容の濃いものをかなりのテンポで紡いでいくので、少しでも興味の湧いた方は、ぜひ一気読みしてほしい。

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