井上雄彦氏による不朽の名作バスケットボール漫画『SLAM DUNK』。作中で湘北高校と公式試合で対戦したチームのうち、いまだに試合そのものが映像化されていないのが豊玉高校戦である。
インターハイのクライマックスである山王工業高校戦は、後に劇場版『THE FIRST SLAM DUNK』で圧倒的なクオリティとともに描かれた。その一方、豊玉戦の熱戦は今なお原作コミックスでしか見ることができない。
その影響もあってか、豊玉は作品に登場するライバルチームのなかでもやや印象が薄い存在かもしれない。とくに絶対王者・山王工業のインパクトがあまりにも強かったため、その前に対戦した豊玉は「湘北が順当に勝利した相手」というイメージを持っている読者も少なくないだろう。
しかし、あらためて漫画を読み返してみると、豊玉はそんな先入観を吹き飛ばすだけの実力があったことに気づかされる。果たして豊玉は、本当に湘北が簡単に勝てるようなチームだったのだろうか。今回は、彼らが秘めていた“真の実力”と、そのポテンシャルの高さを検証してみたい。
※本記事には作品の内容を含みます。
■激戦区・大阪の猛者!「Aランク」評価に偽りなし
豊玉の実力を考えるうえで、まず注目したいのが、彼らが大阪府代表としてインターハイに出場しているという事実だ。
『SLAM DUNK』連載当時である1990年代、現実の大阪府予選は全国でも屈指のバスケットボール激戦区であった。大阪高校、東住吉工業高校(現:東住吉総合高校)、近畿大学附属高校、初芝高校(現:利晶学園大阪立命館高校)、大商学園高校といった強豪校がひしめき合い、全国を狙う強豪が府内にそろっていた。
実際、当時の全国大会を見ても、インターハイでは1991年に初芝が準優勝、1992年はベスト4に進出。1994年には大商学園がベスト4入りを果たしている。さらに冬の選抜大会のウインターカップでも、1994年に大商学園が全国優勝を飾ったほか、上位に進出した高校は多い。(ちなみにファンの間では、東住吉工業が豊玉のモデルになっているのではないか、という説も語られている)
そんな激戦区・大阪を『SLAM DUNK』の世界で勝ち抜き、全国大会への切符を手にしたのが豊玉なのである。
そして、豊玉の実力を裏づけるのが、作中に登場する専門誌『週刊バスケットボール』による事前評価だ。
インターハイ開催地の広島に向かう新幹線で湘北メンバーが目にした同誌の特集では、豊玉が「Aランク」評価。一方の湘北は「Cランク」に位置づけられていた。特筆すべきは、この大会で準優勝を飾る神奈川の王者・海南大附属も同じ「Aランク」に評価されていたことだ。
さらに豊玉は、前年のインターハイで藤真健司を擁する全国常連の翔陽高校を破っている。これらの実績を鑑みると、豊玉が全国の有力校として警戒される存在であったことは間違いないだろう。
■全国屈指の攻撃力! 豊玉を支えた「ラン&ガン」
豊玉の代名詞といえば、北野前監督がチームに植えつけた攻撃的バスケットスタイル「ラン&ガン」だ。
守備から攻撃の切り替えを速め、スピーディーな展開に持ち込み、相手が守備体制を整える前に攻めきる。このハイスコアゲームを可能にしたのが、コート上にそろった多彩なスコアラーたちの存在である。
主将の南烈は「エースキラー」の異名を持つ一方、大阪予選では得点王に輝いた豊玉の絶対的エースでもある。湘北戦では流川楓を徹底的にマークしながら、自ら3Pシュートで着実に得点を重ねるなど、攻守両面で存在感を示した。
パワーフォワードの岸本実理もまた、大阪予選の得点ランキングで南に続く2位。気性の荒い一面も目立つが、湘北戦では桜木花道と激しいマッチアップを繰り広げ、インサイドで存在感を発揮した。
さらにレギュラー唯一の2年生・板倉大二朗は183cmの大型ポイントガードで、大阪予選の得点ランキング3位。湘北戦では、その身長を活かして宮城リョータとのミスマッチを突き、彼の頭上からいとも簡単にシュートを放つ場面も描かれている。
つまり豊玉には、大阪予選の得点ランキングトップ3の選手がそろっていたことになる。さらにシューティングガードの矢嶋京平やセンターの岩田三秋らも加わり、コート上の5人全員が攻撃に絡み、速い展開から怒涛の攻撃を仕掛ける。まさに、作中屈指のオフェンス力を誇るチームだったのだ。


