■言葉なんて要らない…長年連れ添った夫婦の阿吽の呼吸が伝わる屈指の名シーン

 石黒版OVAによるオリジナルの描写で忘れられないのが、ラインハルトによる同盟再討伐が分かったあとのビュコック夫妻のやりとりである。

 同盟駐在高等弁務官であるヘルムート・レンネンカンプが、ヤン一派の手によって拉致され、自害に至ったことを受け、ラインハルトは自由惑星同盟政府の責任を厳しく追及する。

 その放送を自宅のソファーで静かに見つめていたのが、すでに軍を退いていた、かつての宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコックだった。

 ラインハルトの演説が意味するのは、同盟に対する再討伐の意思であった。それを察したビュコックは、何も言わずに立ち上がる。ビュコック夫人は「どこへ行くのですか」と尋ねることも、「危険だからやめてください」と引き留めることもしない。夫の動きひとつですべてを察し、あらかじめ用意していた彼の軍服を静かに差し出すのである。

 わずか数十秒のシーンだが、この短い描写だけで長年連れ添ってきた夫婦が、互いのことを誰よりも深く理解していることが伝わってくる。

 余計なセリフは一切ない。一度は軍を退いたビュコックの決意、そしてそれを理解し、夫の最期になるかもしれないことを知りながら用意して送り出す夫人の覚悟がそこにあった。

 1着の軍服に、実にさまざまな感情が込められたこの描写は、『銀河英雄伝説』のOVAの中でも、とりわけ印象に残る名場面といえるだろう。


 アニメオリジナル要素は、場合によっては原作ファンから批判されることも少なくない。しかし、石黒昇監督のOVA版に派手なオリジナル展開はなくとも、「こういう場面があるからこそ、作品がさらに好きになった」と感じさせてくれる、ごく自然な形のオリジナル要素が多いのが特徴である。

 そして、いずれも田中芳樹氏の原作小説への深い理解があるからこそ生まれたであろう秀逸なオリジナルシーンばかりだ。石黒監督版のアニメシリーズがリリースされてから30年以上が経過した今でも多くのファンに支持され続けているのは、こうした原作愛あふれる細やかな演出の積み重ねにあるのだろう。

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