田中芳樹氏の手がけた長編スペースオペラ『銀河英雄伝説』は、多くのファンを魅了した。その完成度の高さは言うまでもないだろう。
そして、その原作の魅力を存分に引き出したのが、石黒昇氏が総監督を務めたOVAシリーズである。1988年からスタートし、本伝110話、外伝52話という大作となったシリーズは、原作小説を忠実に再現するだけでなく、アニメならではの演出やオリジナル描写も数多く盛り込まれ、作品世界にさらなる深みをもたらした。
しかも、それらのオリジナル要素は、原作ファンですら納得するものが多く、むしろ「これがあったからキャラクターの心情が理解できた」「原作にもあったような気がする」と感じるほど自然なものばかりだった。
そこで今回は、石黒版『銀河英雄伝説』のアニメオリジナルの演出の中でも、個人的に特に秀逸に感じられた3つの描写を振り返ってみたい。
※本記事には作品の内容を含みます。
■映像表現としても秀逸…イゼルローン要塞の「流体金属」という発想
OVA版で印象的なオリジナル設定のひとつが、イゼルローン要塞の表面を覆う「流体金属」の描写だろう。
原作小説のイゼルローン要塞は、難攻不落の巨大要塞として描かれているものの、それがどのような構造になっているのかは具体的に説明されていなかった。
それがOVAの設定では、イゼルローン要塞の表面は流体金属の層で覆われており、それが緩衝材のような役割を兼ねるため、宇宙戦艦の艦砲射撃程度では要塞外壁に傷をつけられないという説明がされている。
これにより鉄壁の防御を誇りながら、液体状の金属層内を自由に移動できる「浮遊砲台」まで備えているため、攻撃面も隙がない。
そしてイゼルローン要塞を象徴する主砲「トゥールハンマー(雷神の鎚)」も浮遊砲台の一種とされ、意外な場所から主砲を放つ描写もあった。9億2400万メガワットを誇る圧倒的な出力で、数百隻単位の艦艇を一瞬で消滅させるほどの兵器が、流体金属の表面に現れたときのインパクトは強烈だった。
そして何より、流体金属に包まれたイゼルローン要塞の表面に宇宙の星々などが反射する描写は、神々しさすら感じるほどの美しさがあり、難攻不落の要塞としての存在感をビジュアル面でも際立たせていた。
あまりにもしっくりくる描写と設定だったため、アニメオリジナルの設定ながら、原作小説の公式設定だと思い込んでいた人も多いのではないだろうか。
■グリーンヒルの苦悩がより伝わる…亡き妻の墓前で語りかける一幕
石黒版OVAは、登場人物の心理描写を補完するオリジナル演出にも定評がある。それを象徴するのが、救国軍事会議によるクーデター直前にドワイト・グリーンヒルが亡き妻の墓を訪れる場面だ。
グリーンヒルは、自由惑星同盟軍において統合作戦本部次長や宇宙艦隊総参謀長などの要職についていた高官で、ヤン・ウェンリーの副官であるフレデリカの実の父親でもある。
良識派として知られていたグリーンヒルだが、腐敗した政治家たちが国家を壟断することを危惧。国を立て直すという信念に則って決起し、自らが救国軍事会議を率いる首謀者となってクーデターを起こした。
だが原作小説では、フレデリカの父親が反乱を起こすに至るまでの葛藤は、それほど多く語られていない。OVA版では、それを補完するように、救国軍事会議が率いる第11艦隊が出撃する日に、グリーンヒルが妻の墓前を訪れるシーンが挿入されたのである。
このときグリーンヒルは、「フレデリカに許しを請おうとは思わない」「あの子は分かってはくれんかな…母さん」と亡き妻に語りかけるような口調でひとりつぶやく。
良識派で知られるグリーンヒルが国家を憂い、過激な部下たちの暴発を抑えるために、自ら泥をかぶったことが痛いほど伝わってくる描写だった。
このシーンが追加されたことで、敵味方に別れることになったグリーンヒル父娘の双方の苦悩がより鮮明になり、その後の展開に一層胸を締め付けられることになるのである。
石黒監督の手がけたOVAは、こういった登場人物の心情が伝わる短いシーンを挟み込むことで、人間ドラマの奥深さを見事に演出していたのが印象的だった。


