「おれも医者のはしくれだ」ただの死神じゃなかった…『ブラック・ジャック』ドクター・キリコが隠し持つ「悲しい信念」の画像
ヤングチャンピオン・コミックス『Dr.キリコ~白い死神~』第1巻(秋田書店)

 1973年から連載が開始された、手塚治虫さんの不朽の名作『ブラック・ジャック』。どんな困難な手術も成功させる天才外科医ブラック・ジャック(以下、B・J)の最大の宿敵と呼べるのが、“安楽死”を専門とするドクター・キリコだろう。

 キリコは手術で患者を助けるB・Jとは反対に、苦しむ患者を安楽死させる医者だ。そんな彼の行動を“恐ろしい死神”として見ていた読者も少なくないだろう。

 しかし、作品を読み返してみると、キリコは好きで患者の命を奪っているわけではないことが分かる。彼なりの“医道”を貫く、極めて人間味あふれるキャラクターなのだ。

 今回は、そんなドクター・キリコの冷徹な仮面の下に隠された、悲しい信念と哲学が垣間見えるエピソードを紹介したい。

 

※本記事には作品の内容を含みます。

 

■好きで人を殺すわけではない…戦場で培われた「安楽死」への悲しき哲学

 ドクター・キリコを語る上で欠かせないのが、なぜ彼が患者に“安楽死”をさせるようになったかという悲壮な過去である。その経緯は、彼が自身の父親に安楽死を施そうとするエピソード「弁があった!」で明かされている。

 キリコは元軍医である。地獄のような戦場の野戦病院で、致命傷を負いながらも死ぬことすらできず、激痛に苦しむ兵士たちを数多く目の当たりにしてきた。

 「いまらくにしてやるぞ」と毒を注射すると、兵士たちは「ありがとう…」と心から喜んで死んでいったという。この壮絶な体験から、彼は「絶対に助からず、死ぬまで苦痛が続くだけの患者を救う唯一の手段は安楽死である」という信念を持つに至ったのだ。

 手術をせずに安楽死を施すことから“死神”のイメージがつきまとうが、キリコは彼なりの考えのもと、患者を苦痛から解放するために行動している。どのような状況でも命を救うことを信条としているB・Jとは真っ向から対立するが、キリコもまた、彼なりの正義を貫いているのである。

■「おれの仕事は神聖なんだ!!」自殺の手伝いはしない

 キリコは決して命を軽視しているわけではなく、自分の仕事に誇りを持っている。それが分かるのが、「小うるさい自殺者」のエピソードだ。

 ある時、飛び降り自殺を図った少年が、偶然B・Jによって一命を取り留めた。しかし、彼は世の中に絶望しており、「死にたい!!」と叫び、再び命を絶とうとする。

 この態度にあきれたB・Jは、少年を連れてキリコの元を訪れ、安楽死させてほしいと依頼する。金銭をもらって人を殺す“死神”のイメージからすれば、この依頼をあっさりと引き受けそうに思えるが、キリコはその要求を一蹴。「ばかいえ!!」「自殺の手伝いなどできるかっ」「おれの仕事は神聖なんだ!!」と言って、B・Jの胸倉をつかんだ。このように、ただ死を望むだけの若者の自殺の手伝いは、断固拒否するのであった。

 キリコが施す安楽死は、あくまで医学の限界を超え、苦痛から解放される手段が他にない者に対する最終手段である。安易な死の願望には手を貸さないそのスタンスから、彼が自身の仕事を単なる殺人ではなく“神聖な医療行為”として捉えていることが分かる。

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