人の持ち物にはその持ち主の人生が刻まれている――。フリマサイトで購入した財布は、前の持ち主と思われる人物のカードやレシートが入っていた。それらを手がかりに持ち主の過去や人生を探っていく。自分の日常がいつの間にか謎とミステリに侵蝕されていく。ARG(日常侵蝕ゲーム)を手がける「第四境界」が最初に発表した『人の財布』が待望の書籍化。ARGが楽しめる小説としてこのたび出版された。この小説を手掛けた「第四境界」の総監督・藤澤仁さんに、本書にかけた思いを聞いた。
――第四境界が手がけるARG(日常侵蝕ゲーム)とはどんなものなのでしょうか。
藤澤仁(以下、藤澤) 僕たちが作っているものは、自分自身が主人公になれるゲームです。自分たちが普通に生活をしていて、普段使っているインフラがありますよね。たとえばスマートフォン、パソコン、テレビ、あるいはSNSやフリマアプリ。多くの人が日常生活の中で使っているものの中に物語を隠しておく。そういうものです。
――今回、第四境界の新作である小説『人の財布~高畑朋子の場合~』にもスーパーマーケットのレシートや名刺、病院の診察券など、かなりリアリティあるガジェットが登場します。あれも全部、第四境界のみなさんが手がけた架空のカードやレシートなんですよね?
藤澤 そうです。僕らはビリーバビリティ(Believability)と呼んでいるのですが、ARGの中に登場する物には信憑性がないといけない。自分たちが普段触っているのと同じ物が出てくるから、日常が侵蝕される錯覚が味わえる。僕らの信条は「リアリティよりもビリーバビリティ」。物語を自分ごとと感じられるように作っています。
――これまで第四境界はリアルな場所やウェブを舞台に「ARG=日常侵蝕ゲーム」を展開してきました。今回、小説というかたちにしようと思ったのはなぜですか?
藤澤 ARGという体験は、体験の予想がつきづらい分、ハードルが高いと思っていたんです。イベントとしてその場に足を運んでもらったり、プロダクトを購入していただいたりと、高いモチベーションを持っている人以外には届きづらい。なので、手に取りやすいかたちとして小説化をしました。
――本書の初回限定特典として『伊澤政則の名刺』が本の中に挟み込まれています。その名刺に記載されているメールアドレスにメールを送信すると、『人の財布』の物語のその先が体験できるそうですね。
藤澤 はい。ぜひ一度体験してもらえればと思います。「擬態」という言い方をしているんですが、僕らは無機物に物語を潜ませることが得意なんです。ただの小説だと思っていたものが、読み進めていくうちに、この物語の中に入ってしまう体験を作る。それが、今回の小説でやりたかったことです。そのために紙の本に名刺を挟み込むといった体験性を足しました。
――藤澤さんが総監督を務める第四境界はどんなチームなのでしょうか。
藤澤 まだ誰もやっていない物語表現に挑戦しようという意欲の高いチームですね。僕がARGをやり始めた時は、世の中にARGを作っている人がほとんどいなかったんですよ。ARGは僕らが発明したわけではなくて、2000年ごろにARGが宣伝手法として流行ったことがあったんですが、マネタイズができなくて定着しなかったという過去があった。「ARGは面白いけれど、ビジネスにならない」そういう結論がすでに出ている状態だったんですね。
――ARGはビジネス的に難しいという烙印がすでに押されている状態だった。かなりの逆境ですね。
藤澤 当時は、僕がARGの面白さを話しても、仲間内にさえ伝わらないような状態からのスタートだったんです。でも、時代が変わるとテクノロジーも変わっていく。テクノロジーが変われば手法も変わる。第四境界の前身である「Project:;COLD」や、第四境界の『人の財布』、『かがみの特殊少年更生施設』のような代表作が連続で生まれ、ファンが増えることでARGがビジネスとして成立しうると証明できるようになった。その瞬間を見ていたのが、いまのうちの会社のメンバーなんです。
――逆境をともに乗り越えてきたメンバーなんですね。
藤澤 そうですね。なので彼らは、物語表現の最前線で新しい表現をすることが、世の中にきっと受け入れられると信じているんです。世界でも稀有なチームができあがったと思います。それが第四境界の強みであり、これからの可能性だと感じています。
●インフォメーション
書名:『人の財布~高畑朋子の場合~』
定価:1,430円(税込)
あらすじ:
夜中に何げなくフリマサイトを眺めていた主人公は、とある商品に目がとまる。
それは、高畑朋子という人物の保険証が入ったままの、中古財布だった。
主人公は、娘を誘拐された高畑朋子という母親、当時ニュースでも取り上げられていたこの誘拐事件を思い出す。なにかに吸い寄せられるように、その財布を購入し、入っていた保険証やレシートを手掛かりに当時の事件の真相を解明しようと奮闘するのだった――。
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