■前代未聞の“兵糧攻め”『キングダム』鄴攻め
原泰久氏による漫画『キングダム』において、秦国の将軍・王翦(おうせん)が趙国の要所・鄴(ぎょう)を陥落させるために用いた「兵糧攻め」は、戦争の常識を根底からくつがえす、前代未聞の戦術であった。
鄴は王都・邯鄲(かんたん)を守る前線拠点にして、補給と防衛の要を担う超巨大城塞である。鉄壁の守りを誇り、正面突破は不可能に近い。さらに秦軍は敵地深くに孤立しており、自軍の兵糧が先に尽きるという絶望的な状況にあった。少数精鋭で馬を走らせ、実際にその城を目にした王翦自身も「あの城は攻め落とせぬ」と断言する。
直後、趙兵に見つかるが、「よいか?」「心ゆくまで」——王翦はその短いやりとりで戦闘を側近の亜光に任せて、自身はその乱戦の最中で王都圏全域の地図を広げ、その場で鄴攻略の新たな軍略に思考を巡らせ続ける。その常人離れした胆力には、ただただしびれる。
そして彼が導き出した策は、「イナゴ」と称される、非情かつ合理的なものだった。それは、鄴を直接攻めるのではなく、周辺の小城を次々と制圧し、そこの住民たちを殺さずに難民として鄴へ追い込むというものだ。
城内に大量の難民が流入すれば、結果として鄴の兵糧は急速に消費される。さらに事前に潜入させた工作員によって兵糧庫を焼き払わせるなど、内外から崩壊させる重層的な仕掛けも施されていた。
この王翦の戦術は、武力ではなく“人の流れと食糧のバランス”を操作して、敵を自壊させるというものであった。「兵糧の少ない秦軍が、兵糧の豊富な鄴を兵糧攻めにする」という逆転の発想こそが、難攻不落とされた城を陥落させたのである。
これら3つの戦術に共通しているのは、目先の勝敗ではなく、勝利に至るまでの「道筋」を先に描いている点にある。ゴンは圧倒的な実力差すら利用し、アルミンは自らの命を差し出し、王翦は戦場全体の構造を組み替えてみせた。
いずれも偶然の逆転ではなく、積み上げられた準備と覚悟が導いた必然の結末である。だからこそ、その一手が決まった瞬間は、読者の記憶に深く刻まれるのだ。
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