■「ゆがんだ心の底まではなおせん」助けた男は妹を虐待する悪人だった…「灰色の館」

 「灰色の館」もまた、B・Jの懸命な努力が報われず、後味の悪い結末を迎えたエピソードだ。

 豪華な屋敷に住む女性から、全身に火傷を負った兄を元に戻してほしいと依頼を受けたB・J。患者を診てみると体中が焼けただれ、顔もわからないほどひどい有り様だった。火傷の影響で話すこともできなくなった兄を、妹である依頼人は3年間も地下に閉じ込め続け、今になって治してほしいとB・Jを頼ってきたのである。

 奇妙な話だと思いながらも依頼を受けたB・Jは、患者の体に残された痕跡から兄妹に隠された真実に近づいていく。それは患者である兄は妹に暴力を振るう残忍な男であり、そんな兄に衝動的に反撃し、全身に火傷を負わせたのが妹——つまり依頼人であるということだ。

 自分の行いを深く後悔した依頼人は兄を治すために世界中から名医を探し、B・Jにたどり着いたのだ。たとえその先に、回復した兄からの復讐が待っていたとしても……。

 B・Jは妹に屋敷から逃げるよう説得するが、彼女は「殺されても かまいません!!」「わたし…兄を愛してるんです!!」と言って聞かない。そしてついに、回復した兄が火炎放射器を持って現れ、妹の顔を焼いた上で屋敷に火をつけてしまう。

 B・Jが治した顔には憎悪に満ちた瞳が爛々と光り、兄妹は燃え盛る炎の中で運命を共にするのだった。

 思わず絶句してしまう悲惨なエピソードだが、B・Jが最後に言った「医者は人のからだはなおせても……」「ゆがんだ心の底まではなおせん」というセリフも非常に印象的だ。

 その言葉は、体を治されても妹への復讐心を止められなかった兄に向けられたものか、それとも兄に歪んだ愛情を抱き続けた妹へのものか。どっちとも解釈できる、まさに「灰色」の結末を象徴する名セリフだ。

 

 『ブラック・ジャック』には「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて おこがましいとは思わんかね」という有名な名言がある。

 人間は、他者の生き死にをコントロールすることなどできない存在だ。ならば、人の命を救えばその先に必ず幸せが待っていると考えることこそ、もっとおこがましいのかもしれない。

 今回紹介したエピソードは、そんなやるせない現実を考えさせられる名作でもあるのだ。

  1. 1
  2. 2
  3. 3