■見えているものを信じる怖さ「毒と幻のデザイン」
原作第74巻、75巻で描かれた「毒と幻のデザイン」は、視覚や錯覚をトリックに利用した、非常に巧妙な事件だ。
殺害されたはずの若松耕平から届いた手紙をきっかけに、服部平次とコナンたちは奇妙な事件に巻き込まれる。彼の屋敷では、謎の女性と壁に刻まれた文字が突如として“消える”現象が目撃されていた。
同様の現象が過去の殺害現場でも起きていたと判明し、コナンたちは真相を追う。しかしそんな中、関係者が集まる耕平の本宅で、耕平の息子・若松育郎が、皆の前で口にしたバームクーヘンによって倒れてしまう……。
この事件の鍵を握るのは、「錯視」だ。人間が無意識のうちにおこなってしまう視覚情報の補正、そのズレを犯人は巧みに利用していた。
テーブルに並べられたバームクーヘンは、均等な大きさに切り分けられていた。しかし、育郎の目には、そのうち一切れだけが明らかに大きく映っていた。
これは「ジャストロー錯視」と呼ばれる錯視によるものだ。同じ大きさの扇形の物体を、短い弧と長い弧が隣り合うように並べると、錯覚によって片方が大きく見えてしまう。犯人はこれを計算に入れ、あらかじめ“選ばせたい一切れ”を作り出していたのである。
食いしん坊だった育郎は無意識のうちに、大きく見えたバームクーヘンに手を伸ばした。それが、自分を狙った毒入りの一切れだとも知らずに……。
それ以外にも犯人は、同じ文字を見続けることでうまく認識できなくなる「ゲシュタルト崩壊」を利用し、毒を塗った国語辞典のページを触らせ、毒殺するという離れ業を披露している。あまりに遠回りな方法なので、当初は自殺を疑われていたほどだ。
人の認識を利用して行動をコントロールし、完全犯罪に近い状態を作り出す。「人間の認知そのものがどれほど脆いか」を突きつけてくる、異色の事件だった。
今回振り返った事件に共通しているのは、犯行がただ単に“偶然うまくいった”のではなく、人の心理を利用して、巧みに組み上げられていたという点だ。
被害者の嗜好、恋人という“完璧なアリバイ役”、そして人間の認識のクセ。そうした要素を計算に入れて初めて成立する犯行は、実に巧妙で秀逸なものといえるだろう。こうした犯人たちの、人間そのものを自在に操ろうとする悪意は、物語に独特の緊張感を与えている。


