1994年の連載開始以来、青山剛昌氏の『名探偵コナン』では数え切れないほど多くの事件が描かれてきた。その中には、感情の暴走や不幸な巡り合わせによって起きてしまった事件もあれば、「ここまで考えてやったのか」とうならされるほど、綿密に計算された犯行も存在する。
今回は特に、犯行の成立そのものが高度な設計の上に成り立っていた事件に注目。トリックだけでなく、被害者の嗜好や行動、現場の状況なども織り込んだ、手の込んだ犯行を振り返っていく。
※本記事には作品の内容を含みます
■“甘い物嫌い”を突く悪意「バレンタイン殺人事件」
初のアニメオリジナルエピソードである第6話「バレンタイン殺人事件」は、一見すると無差別に見える方法を取りながら、実際には犯人の殺意が最初から特定の人物に向けられていた事件だ。
毛利蘭は親友の鈴木園子と一緒に、米花大学テニス部のバレンタインパーティーに参加することになる。その中で、主催者の皆川克彦が突如苦しみ出して死亡。彼が直前、幼なじみの渡辺好美からもらったチョコレートを食べていたことから、当初は彼女の犯行が疑われた。
しかし、毒物が入っていたのは、パーティーで振る舞われたコーヒー。しかも、なんとそのコーヒーを飲んだのは克彦だけでなく、パーティーに出席した全員だった。
では、なぜ克彦だけが命を落としたのか。鍵となるのは、コーヒーと一緒に出された“ケーキ”だ。実はこのケーキには、毒の効果を打ち消す解毒剤が仕込まれていた。つまり、「甘い物を食べる人間は助かり、食べない人間だけが死ぬ」という、極めて限定的な条件付きの犯行だったのだ。
克彦は甘い物が嫌いだったため、犯人の目論見通りにケーキを食べず、毒で命を落とす。なお、好美のチョコレートを食べていたのは、彼女が克彦にとって大切な存在だったから。犯人はそれすらも利用して、好美のチョコレートを毒入りにすり替え、彼女に罪を着せようとしていた。
偶然を装いながら“被害者ただ1人だけが死ぬ状況”を作り上げた点で、この事件は非常に計算高い一件と言える。しかし、「お腹が空いていない」「ダイエット中」などの理由で、他の者がケーキを食べない状況も十分にありえたはず。それでも強行する度胸と、結局は思い通りに事を進めた強運さも、犯人の卓越性を物語っている。
■視線を逸らすための恋人役「命がけの復活[帰ってきた新一…&約束の場所]」
原作コミックス第25、26巻に収録されている「命がけの復活」シリーズ。APTX4869の解毒剤によって、主人公・江戸川コナンが一時的に工藤新一に戻る展開が描かれた、一連のエピソードである。その中でも、「帰ってきた新一…&約束の場所」で起きた事件は、犯行そのものというより“犯行時の振る舞い”が異様に巧妙だった。
事件の舞台は、米花センタービルの展望レストラン。ゲーム会社社長・辰巳泰治が、専用エレベーター内で射殺されているのが発見された。犯人として浮かび上がったのは、ゲーム会社の部長であり辰巳の娘・辰巳桜子の恋人でもある大場悟だった。しかし彼は事件当時、桜子と常に一緒にいた。
本来なら、共犯者でもない第三者と行動をともにしている状況での犯行は、不可能に近い。ところが大場は、その“常識”を逆手にとった。
彼はエレベーター前で桜子と熱いキスを交わしながら、彼女の耳をごく自然にふさぐことで聴覚を奪った。その一瞬の隙を使ってエレベーターを開け、中に乗っていた辰巳を銃撃したのだ。音も動きも最小限に抑え、恋人に違和感を抱かせることなく犯行を完遂するという、あまりにも大胆すぎる手口だった。
この事件の恐ろしさは、派手な仕掛けが一切ない点にある。犯行に利用されたのは特殊なトリックや緻密なアリバイ工作ではなく、人間の思い込みそのもの。「恋人と一緒にいた」という安心感によって、疑いを遠ざけようとしたのだ。新一はすぐに真相にたどり着いていたが、“普通の考え方”にとらわれる人間であれば、彼の犯行は暴けなかったかもしれない。


