『ドラゴンボール』に『NARUTO』、『幽☆遊☆白書』にも…バトル漫画に登場する“師匠の死”に「リベンジを果たした弟子たち」の画像
『DRAGON BALL』#19 [DVD] (C)バードスタジオ/集英社・フジテレビ・東映アニメーション

 バトル漫画において、師匠の役割は技術や鍛錬法を教えてくれるだけの「指導者」ではない。生き方、覚悟、そして戦う理由そのものを弟子へと刻み込む、絶対的な存在だ。

 その師が命を落としたとき、物語は大きな転換点を迎える。残された弟子は、深い悲しみや後悔を抱えながらも、師の“遺志”を背負って再び立ち上がるのである。

 今回はそんな中から、「師匠の死」という大きな試練を乗り越え、その無念にそれぞれの決着をつけた弟子たちの物語を振り返っていく。

 

※本記事には各作品の内容を含みます。

 

■『ドラゴンボール』亀仙人の死が導いた、悟空とピッコロ大魔王の決着

 1984年から1995年にかけて連載された、鳥山明さんのバトル漫画『ドラゴンボール』(集英社)。作中において亀仙人は、主人公・孫悟空に多くのことを教えてくれた師匠であり、その生き方にも大きな影響を与えた存在だ。

 彼は単に戦闘技術を教える修行だけでなく、「強さとは何か」「武道家としてどう生きるか」といった哲学をも説いてきた。特に、亀仙流の教えである「よく動き よく学び よく遊び よく食べて よく休む」は、悟空の人生観の根幹を作ったといっても過言ではないだろう。

 その亀仙人は「ピッコロ大魔王編」で命を落とす。世界を守るため、命をかけて魔封波を放った末の壮絶な死であった。

 そんな師の死は、悟空にとって初めて直面する「取り返しのつかない喪失」であった。それまでの悟空は、どこか無邪気なまま戦いに身を投じていたが、この出来事を境に仲間や地球を守るという“背負うものがある戦士”へと成長を遂げるのである。

 「おめえはオラのだいじなものをたくさんうばってしまった…」「ぜったいにゆるせねえ………」

 師である亀仙人の無念、仲間たちの犠牲。それらすべてを胸に刻み、悟空はピッコロ大魔王との最終決戦に臨む。

 そして迎えた決着の瞬間。それは単に強敵を打ち破ったという事実以上の意味を持つ。師匠の死という悲劇を乗り越え、それでも前へ進むという悟空の確固たる覚悟が示された戦いだったのだ。

■『NARUTO-ナルト-』自来也の死がナルトを“覚悟の忍”へ変えた

 岸本斉史さんによる『NARUTO-ナルト-』は、1999年から2014年まで連載された、大人気忍者漫画だ。

 落ちこぼれの少年忍者・うずまきナルトが、里の長「火影」を目指して成長するこの物語において、自来也はナルトにとって、師であり、家族であり、人生の指針ともいえるかけがえのない存在であった。

 その自来也が、敵組織「暁」のリーダー・ペインとの死闘の末、雨隠れの里で命を落とす。彼には逃げるという選択肢もあったが、情報を託すため、あえてその身を犠牲にしたのである。

 この突然の死は、ナルトの心を容赦なく打ち砕いた。2つに割ったアイスが溶け、悲しみの涙とともにポタポタと地に落ちるシーンは、ナルトの計り知れない喪失感を象徴的に表現している。そして、深い悲しみに沈んだナルトは、一度歩みを止めてしまうこととなる。

 だが、最終的に彼が選んだのは、怒りに任せた復讐ではなく、師が遺した「憎しみの連鎖を断ち切る」という思想を継ぐ道だった。

 「ならオレは…エロ仙人(自来也)の信じた事を信じてみる」「それがオレの答だ」「だから… お前たちは…殺さねェ」

 ペインとの対峙の際にナルトが放った言葉は、これが単なる仇討ちではなく、師・自来也の生きざまと忍道を受け継ぎ、師が遺した問いに答えを出すための戦いであったことを意味している。

 その結末はリベンジであると同時に、弟子が師を超える“継承”の物語として描かれていた。

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