■今なら完全アウト? 無法地帯で繰り広げる野球ドラマ『アパッチ野球軍』

 昭和作品の中でも衝撃展開の連続で驚いたのが、原作・花登筺(はなと こばこ)氏、作画・梅本さちお氏による『アパッチ野球軍』(少年画報社・週刊少年キング/1970年)。1971年に全26話でアニメ化もされている。

 かつての高校野球界のヒーロー堂島剛は、山奥の過疎の村「猪猿」で高校野球部でコーチを引き受ける。野球知識を持たない個性派ぞろいの生徒たちが、それぞれの思いを胸に白球を追う物語である。

 堂島が赴任する猪猿村は愛媛県松山市から20里ほど離れ、松山の船着き場で道を尋ねた際に「あそこは恐ろしい場所だから行かない方がよい」と言われるほど。

 村へは馬車で移動し、その道すがらでは高校生が女性教師を襲って崖から放り投げるという、とても昭和45年の日本が舞台とは思えない無法ぶりだった。

 猪猿では閉鎖的な村人と、ダム建設のためにやってきた出稼ぎ労働者やその家族の間であつれきが生まれており、そこに一部の権力者による利権が絡むという複雑さ。のちに野球軍もその人間関係に巻き込まれ、大人社会のドロドロとした醜悪さも描かれていた。

 こうした事情も相まって、生徒たちは都会からきた若い堂島に敵意を向ける。中でも生徒の“網走”はナイフを投げつけたり、ことあるごとに「おい、若けぇの」と見下したりしてくるが、もちろん彼も高校生だ。

 弱肉強食の世界に生きる無法者のような彼らだったが、真正面からぶつかり続ける堂島の熱意に気おされ、次第に野球への関心と熱意を持つようになる。

 だが、野球をやるためにグラウンドにあった邪魔な岩をどけようと“ハッパ”のあだ名で呼ばれる少年がダイナマイトを使用。校舎もろとも爆破して吹き飛ばす。さらに野球道具の買い出しを任せた“モンキー”と“材木”は資金を使い込んでしまい、ユニフォームやスパイクが買えないなど、普通に犯罪級のアクシデントが続出するのだ。

 実は本作は『エースの条件』(少年画報社・週刊少年キング/1969年)の続編で、今でいうところの「スピンオフ」作品にあたる。原作は同じく花登氏、作画は『ドカベン』でおなじみの水島新司氏が担当していた。

 同作の主人公は高校球児時代の堂島だ。貧困や嫌がらせなどで苦悩続きだった堂島だが、甲子園で完全試合を成し遂げ、プロ野球からスカウトが殺到。しかし、多額の契約金を提示されておかしくなった父親の目を覚ますため、堂島は自らの手を割れたビール瓶でズタズタにする。

 切ない事情があったとはいえ、『アパッチ野球軍』を率いる堂島も、かなりぶっ飛んだ人物なのである。

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