■“楽な依頼”の裏に隠された恐ろしい企み…「赤鬼村 火祭殺人事件」

 最後に、『名探偵コナン』で初めて「依頼主=犯人」の構図がくっきりと描かれたエピソードを紹介しよう。それが、コミックス2巻の「赤鬼村 火祭殺人事件」である。

 ある日、小五郎が受けたのは、“数日間、特定の男を尾行するだけ”という、簡単な仕事であった。依頼主は阿部豊という気さくな男。尾行対象は、阿部と互いに5億円の生命保険を掛け合っているという根岸正樹だった。

 ところが尾行の最中、赤鬼村火祭りの会場で根岸の焼死体が発見される。“巨額の保険金がかけられた男が殺された”という状況から、警察は当然、受取人である阿部に疑いの目を向けた。

 根岸を尾行していた小五郎が“水曜の夜まで彼は生きていた”と証言したため、犯行可能時刻は水曜夜から木曜夜に絞られた。だが阿部は、水曜の朝から九州への社員旅行に参加していたため、完璧なアリバイがあった。

 操作は行き詰まったかのように見えたが、コナンは阿部が撮った旅行写真での異様な違和感を見逃さなかった。どの写真にもまるで自身のアリバイを証明するかのように、不自然に“時計”が写り込んでいたのだ。さらに、小五郎が撮影した尾行写真を見比べ、右利きの根岸が、水曜日の姿だけ左利きになっていたことを発見する。

 そこで浮かび上がった真相はこうだ。阿部は旅行前夜に根岸を殺害し、遺体を隠した。そして水曜日は替え玉を雇って、小五郎に尾行させたのである。火祭りの炎で遺体が焼けてしまえば死亡推定時刻は曖昧になり、小五郎の証言があれば自身の完璧なアリバイが成立する。つまり、小五郎はまんまと犯人・阿部のアリバイ作りに利用されてしまったというわけだ。

 最終的に海外へ逃亡しようとした阿部はコナンに追い詰められ、録音テープに残された自白が決め手となり逮捕される。

 一見、気さくで気弱な依頼主を装いながら、その裏で巨額の保険金のために冷酷な計画を遂行した阿部。「信じていた相手こそが真犯人だった」という、シリーズを象徴する裏切りの構図が確立された、初期の名エピソードといえるだろう。

 

 “探偵に助けを求める依頼主”という立場を逆手に取り、真犯人として立ちはだかる犯人たち。彼らの存在は、単なるトリックの面白さにとどまらず、“人を信じるとはどういうことか”というテーマを突きつけてくるようだ。

 しかし、どれほど裏切られようとも、探偵たちは決して人を信じることをやめない。疑いながらも真実を追い求め、最後に人間の心に踏み込んでいく。それこそが、『名探偵コナン』という物語が長く愛され続ける理由だろう。

 真実はいつもひとつ——だがその真実は、時に最も信じた相手の裏側に潜んでいるのかもしれない。

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