「助けを求めたその人」が、実は“黒幕”だった——1994年から『週刊少年サンデー』(小学館)で連載が続く青山剛昌氏の国民的作品『名探偵コナン』。数多くの名事件が描かれてきたが、その中でも特に印象に残るのが、この“依頼主が犯人だった”という衝撃のパターンだろう。
助けを求めるふりをしながら探偵を利用するというこの皮肉な展開は、『名探偵コナン』の推理劇の中でも印象深いものだ。表向きは無力な依頼主、だがその裏では周到な計画を進める冷酷な殺人者……。その仮面の裏側が暴かれる瞬間こそ、本シリーズの大きな見どころと言える。
今回はその中から、シリーズ屈指の「依頼主=犯人」エピソードを紹介しよう。
※本記事には作品の核心部分の内容を含みます
■あまりに悲しい“姉妹の悲劇”…「バスルーム密室事件」
依頼主が仕掛けた巧妙な密室トリックが描かれたのが、コミックス20巻の「バスルーム密室事件」だ。
この日、毛利小五郎は、大ファンであるアイドル・沖野ヨーコの武道館コンサートに行くのを前に上機嫌であった。だが、いざ向かおうとした時、チケットを失くしたことに気づき、激しく落胆する。
そんな中、偶然出会った女性・青島全代からタダでチケットを譲ってもらえることに。ただし、その条件は「家で待つ妹の美菜を一緒に迎えに行ってほしい」というものだった。
しかし、全代の部屋を訪ねた小五郎と江戸川コナンが目にしたのは、浴室で冷たくなった美菜の姿。ドアや窓はガムテープで目張りされ、内側には「サヨナラ」という遺書のような文字が残されていた。ガムテープには美菜の指紋しか残っておらず、現場は完全な密室であり、彼女が自ら命を絶ったことを示唆していた。
しかし、コナンは買い物記録やドアの覗き穴に残る血痕から、これが“自殺に見せかけた殺人”だと確信する。
そう、犯人は依頼主である姉・全代だった。彼女は妹を睡眠薬で眠らせた後、浴室へ運び込んで手首を切り、失血死させたのである。
全代は、ドアの内側に目張りがされているように見せる錯覚を利用して密室を偽装。小五郎たちがドアを押し開けるタイミングを計り、あたかも密閉空間を破ったかのように思い込ませる心理的なトリックを仕掛けたのだった。
犯行の動機は、美菜が服装や持ち物などあらゆるものを真似し、ついには恋人までも奪ったことへの恨みだと語る全代。だが、それは誤解だった。その恋人は自分から美菜に言い寄っていたことや、彼女が全代を気遣っていたことを明かす。さらに、美菜は全代を案じ、致死性ガスを出す洗剤をわざわざ安全なものに取り替えていた。
すべての真実を知った全代は、妹の名を何度も呼んで泣き崩れた。愛と嫉妬が複雑に絡み合ったこの事件は、心理トリックと姉妹の悲劇が絡み合う、シリーズ屈指のやるせない後味を残すエピソードであった。
■探偵をも利用する狡猾な犯人…「アリバイ証言殺人事件」
探偵をアリバイ工作の駒として利用した、極めて最悪の依頼人が登場するのが、アニメ第30話「アリバイ証言殺人事件」だ。
小五郎のもとを訪れたのは、売れっ子弁護士・巽壮平。“妻の浮気を調べてほしい”と依頼し、コナンと毛利蘭を伴って高級ホテルの客室で打ち合わせを始める。その途中、巽が席を外したタイミングで、彼の妻・和美から電話がかかってきた。
しかし、その数時間後、和美が自宅の浴室で殺害されているのが発見される。死亡推定時刻は、小五郎たちが巽とホテルにいた時間と完全に一致。彼のアリバイは証明された。
一見すると、家庭のトラブルを抱えた気の毒な夫に見えるが、実は彼こそが妻を殺害した犯人であった。つまり、小五郎たちは犯人の“完璧なアリバイ”を証明する証人となってしまったのだ。
やがてコナンは、巽が小五郎を引き留めている間に妻をホテルの隣室で殺害し、ランドリーボックスを使って遺体を車に運んでいたトリックを暴く。決定的だったのは、打ち合わせ中に和美からかかってきた電話の録音テープだ。そこに録音されていた“欠けたオルゴール音”が、和美が隣室から電話をかけていたことを示す動かぬ証拠となったのだ。
コナンたちを利用した“完璧なアリバイ”が、皮肉にも犯人自身の罪を証明することとなったこの事件。巧妙かつ悪質な手口が際立つ印象的な事件であった。


