宮崎駿監督といえば日本を代表するアニメーション作家で、2025年現在、アニメ制作会社「株式会社スタジオジブリ」の取締役名誉会長を務めている。
代表作のひとつ『魔女の宅急便』(1989年)は、『宇宙戦艦ヤマト』(1978年)のアニメ映画歴代興行収入記録を更新し、『もののけ姫』(1997年)はハリウッド映画『E.T.』(1982年)の日本歴代興行収入記録を塗り替えた。
その後、『千と千尋の神隠し』(2001年)で興行記録を更新し、黒澤明監督と並ぶ3度のアカデミー賞受賞(名誉賞含む)、世界三大映画祭での最高賞受賞など、前人未踏の偉業を達成した。
そんな宮崎監督は、「スタジオジブリ」以前から、その卓越したセンスとイマジネーションで存在感を示していた。ここでは、宮崎監督が参加し、視聴者を魅了した昭和テレビアニメの「伝説回」を振り返ってみたい。
■テレビ2期に刻まれた2つの秀逸エピソード…『ルパン三世 第2シリーズ』
1979年に公開された『ルパン三世 カリオストロの城』は、モンキー・パンチさんの漫画『ルパン三世』を原作に、宮崎監督が初の長編映画監督を務めた作品として広く知られている。
その8年前の1971年、初テレビアニメ化された『ルパン三世』の第1シリーズでは、宮崎監督が「Aプロダクション演出グループ」として参加したが、全23話で終了してしまう。
一方、1977年に放送開始された第2シリーズは、全155話で2年半も続く人気作に。本シリーズで宮崎監督(照樹務名義で参加)は脚本・絵コンテ・演出で2話のみ関わるが、これらはさまざまな人気投票で上位に入り続ける“伝説回”となっている。
その1本、第145話「死の翼アルバトロス」は、小型化された原爆の部品をめぐる物語。ルパン一味が不二子のトラブルに巻き込まれ、激しいアクションと軽快な会話で事件を解決していく。
のどかなすき焼きパーティと銃撃戦が並行するおもしろさ、フランス映画『エマニエル夫人』を模した不二子にも目を奪われるが、なんといっても巨大飛行艇アルバトロスとの空中戦が圧巻。わずか22分程度とは思えないボリュームだ。
警官がルパンを捕まえようと団子状態のわやくちゃとなる場面や、次元とルパンの息の合った逃走劇、アルバトロスから脱出する不二子など、各キャラクターの動きが秀逸である。この回は当時の通常のアニメ1話分の約2倍、9000枚のセル画を使用し制作されたというのだから、納得だ。
始終ドタバタ劇が展開し、特に小型機で飛び立ちアルバトロスと空中戦に臨む場面では、銭形の「捕まえた!」に対し、ルパンの「しっかり捕まえてろ!」と返すやり取りが笑いを誘う。
最終回(第155話)「さらば愛しきルパンよ」も、街中でのロボットと戦車のバトルや派手なカーチェイスなど見どころが多い。
物語の核となる装甲ロボット兵ラムダは、『天空の城ラピュタ』(1986年)に登場するロボット兵の元ネタとされている。さらに、ラムダを操縦するヒロイン・小山田真希(演・島本須美さん)とルパンのやり取りは、『カリオストロの城』におけるクラリスとの関係性を彷彿させ、後の宮崎作品の原型とも目される物語だ。
なお、この回は最終回であるにもかかわらず、主役である“本物のルパン”はほとんど姿を現さない。彼はエピソードを通じて銭形に変装しているのだ。個人的な感想だが、最終回のほとんどの場面でルパンが銭形を演じ続けたのは、長い付き合いでの変装回数の多さで生じたチョイスなのではと思ってしまった。
■健気な少女と囚われの父親を救うホームズの活躍…『名探偵ホームズ』
1984年から1985年にかけて放送されたテレビアニメ『名探偵ホームズ』は、イギリスの作家アーサー・コナン・ドイルの推理小説『シャーロック・ホームズ』シリーズを原作に、イタリアの依頼で作られた作品である。
登場人物や舞台は原作を基にしつつ、ストーリーはほぼアニメオリジナルで、悪役モリアーティ教授とホームズの対決を描く勧善懲悪もの。そんな本作の一番の特徴といえば、登場人物が全員擬人化された“犬”である点だ。
全26話制作され、宮崎監督はそのうち6話分の監督を務めた。特に第3話「小さなマーサの大事件!?」は脚本・絵コンテ・演出も担当しており、宮崎監督色が強い作品だ。
モリアーティが大量のニセ銀貨をバラまき、スコットランド・ヤードが頭を悩ませる中、少女マーサがホームズに猫探しを依頼。ホームズはマーサが持ってきた新聞と手紙から、探すべき相手は猫ではなく彼女の父親であると気付く。この一見関係なさそうな2つの事件が絡み合いながらも、物語はポンポンと小気味よく進むため、詰め込み感がない。
その一方、長い距離を歩いたマーサにココアを飲むよう促したり、かがんで目線を合わせながら話しかけたりと、ホームズの幼い少女への気づかいに緊張がとける。こうした演出の緩急こそが、宮崎監督の魅力なのだ。
その後は一気に事件解決に進み、モリアーティのアジトに辿り着くまでが流れるように描かれる。ただただホームズの推理が冴えわたるだけなのに、まるで嫌味やストレスを感じさせない。
とんがり屋根の城のような外観を持つアジト、警官がスクラムを組んで突撃したりマーサの父親が高い外壁にしがみ付き落ちそうになったりする場面、健気な少女との約束やニセ金作りなど、一連のエピソードに筆者の頭にはふと『カリオストロの城』がよぎった。
始終ホームズの洞察力とやさしさに魅了され、どこか憎めないモリアーティ一味に笑い、さまざまな仕掛けと爽快な結末が子どもも大人も引き込むエピソードだ。


