天才外科医ブラック・ジャックが患者を“見捨てた”深いワケ 「医者はどこだ!」に「宝島」、屈指の名エピソード「殺しがやってくる」も…の画像
手塚治虫漫画全集『ブラック・ジャック』第5巻(講談社)

 マンガの神様・手塚治虫さんが描いた『ブラック・ジャック』は、無免許でありながら天才的な外科医であるブラック・ジャックがその並外れたスキルを活かし、数多くの患者を救う物語である。誰もがさじを投げるような難病でさえも手術で救い出すその腕前に、「こんな医者が身近にいてくれたら……」と、憧れるのは筆者だけではないだろう。

 しかしクールで冷徹な一面を持つ彼は、患者を救うどころか見殺しにするケースも少なくない。今回は、ブラック・ジャックがあえて患者を助けなかったケースを紹介。なぜ彼は治療を施さなかったのか、その衝撃的な理由を知れば、ブラック・ジャックの人となりが一層分かるはずだ。

 

※本記事には作品の内容を含みます。

 

■第1話から驚きの展開「医者はどこだ!」

 『ブラック・ジャック』は記念すべき第1話から、まさかの患者を見捨てるという驚きの展開から始まる。それが「医者はどこだ!」のエピソードだ、その見捨てられた患者とは、世界一の実業家・ニクラのひとり息子であり、札付きの不良として知られるアクドである。

 ある日、アクドは横暴な運転をして交通事故に遭い、瀕死の重傷を負ってしまう。ブラック・ジャックはアクドの体を見て、“治すにはどうしようもない部分を切除して、別の体と取り替えるしかない”と告げる。

 そこでニクラは、息子のため無関係の仕立て屋の青年・デビイに濡れ衣を着せて死刑にし、その体をアクドのために使えと指示する。死刑になるデビイは無念の涙を流しながら、母に別れを告げるのであった。

 しかしその後、アクドはデビイの母の前に姿を現し、見事なハサミ裁きを見せる。実は彼の正体は、アクドの顔そっくりに整形されたデビイだった。ブラック・ジャックは「からだも心もくさってるやつは手術したってむだだ」とデビイに告げ、親子で外国に逃げるための資金まで援助する。

 「あの先生はきっと天使だね」という、デビイのセリフで終わるこのエピソード。まさに痛快なオチで締めくくられ、第1話にして多くの読者の心をつかんだことだろう。

■最後は殺し屋の希望を聞いた…?「殺しがやってくる」

 「殺しがやってくる」のエピソードは、ブラック・ジャックが殺し屋に監禁される話だ。

 ある夜、ブラック・ジャックのもとに訪れた1人の殺し屋。彼はある大統領の暗殺を企てており、その専属医であるブラック・ジャックを邪魔だと考え、指を奪って手術ができないようにするためにやってきた。

 しかしその計画を知ったピノコが車で逃亡を図り、事故で瀕死の重傷を負ってしまう。殺し屋を説得し、目の前でピノコを手術するブラック・ジャック。その手さばきに感銘を受けた殺し屋はブラック・ジャックを解放し、“大統領は冷酷無比な男で彼に消された人間はゴマンといる”と告げ、去っていく。

 その後、空港にて、大統領の暗殺は実行される。ブラック・ジャックが駆けつけるも、すでに大統領は死んでいた。

 だが、その逃走中に車の事故で瀕死となった殺し屋が運び込まれる。「この男を生き返らせれば組織の名を聞きだせる」と、周りはブラック・ジャックに手術を依頼するのだが、彼は「こいつも無理だ…ま 死なせてやんなさい」と言い、手術を拒むのであった。

 ブラック・ジャックは大統領が殺し屋に狙われていることを知りながら、あえて襲われたあとに到着するよう遅れてやってきた節がある。しかも殺し屋の手術を拒むことで、彼の計画を遂行させたようにも取れる。これはブラック・ジャックと殺し屋にしか分からない、互いのプロ意識が共感した結果と言えるだろう。

  1. 1
  2. 2
  3. 3