■名勝負の裏に潜んでいた違和感「山王戦の謎」

 本作最大の名勝負・山王戦にも、首をかしげたくなるような謎がいくつかある。

 そのひとつが、赤木と山王の関係だ。赤木は幼い頃に見た雑誌『週刊バスケットボール』の山王の選手に憧れてバスケを始め、インターハイ会場へ向かう新幹線でも同誌を読んでいる描写があった。

 それほど熱心な赤木であれば、現在インターハイ3連覇中の絶対王者・山王、少なくとも、同学年で同ポジションのスター選手・河田雅史の存在くらいは知っていて当然だろう。

 しかし実際には、山王戦前日の夜、湘北チームでビデオで初めて彼らの実力を把握し、驚愕するという展開だった。バスケ一筋の赤木がなぜこれほどまで現・山王に無頓着だったのかは、大きな謎と言うしかない。

 さらに、山王戦を前にした安西先生の采配も印象的だ。宮城リョータ、三井寿、桜木花道には的確な言葉をかけ、キャプテンの赤木にも彼らほどではなかったが声をかけている。だが、エースの流川だけには「……」という無言の描写があるだけで、言葉をかけなかった。

 これはつまり「流川は声をかけなくても大丈夫」と判断したことを意味するだろう。その大きな理由として、インターハイ前に2人が膝を突き合わせて語り合っていることだ。

 流川が「日本一の高校生になって渡米する」という、揺るぎない信念を持っていたことを安西先生は知っていた。だからこそ、あえて何も言わず、彼の自主性に任せたのだろう。

 あの山王戦で見せた湘北驚異のスタートダッシュは、選手一人ひとりに合わせて安西先生がおこなった“個別指導”の賜物だったのである。

 

 『SLAM DUNK』は、リアルな試合描写と、登場人物たちの人間ドラマで多くの読者を惹きつけてきた名作である。しかし同時に、指導者の配置や選手の進路、試合中の細かな描写など、あえて明確に説明されない謎も多い。

 現実的に考えれば矛盾に見える点も、物語をよりドラマチックにする装置であり、読者が長年にわたって考察を続ける魅力の源となっている。

 リアルとフィクションが絶妙に交錯するからこそ、『SLAM DUNK』は今なお語り継がれ、何度も読み返したくなる作品なのである。

  1. 1
  2. 2
  3. 3