■無惨を討つための長き執念と悲壮な覚悟
珠世は炭治郎との出会いとなった浅草編以降、鬼殺隊とは直接かかわることなく、禰󠄀豆子を人間に戻すための研究に勤しんだ。その裏には常に、無惨を絶対に倒すという執念があった。
珠世の次の登場シーンは、そこからかなり間が空く。本編では詳しく描かれなかったが、炭治郎とは手紙などで頻繁にやり取りをしていたようだ。
炭治郎がこれまで戦ってきた鬼の血を送ってきたことから、刀鍛冶の里編では研究の経過として、禰󠄀豆子の血の成分が何度も変化していることを指摘し、「近いうちに太陽を克服する」であろうことを示唆した。その言葉通り、刀鍛冶の里編終盤では、禰󠄀豆子はついに太陽を克服する。
このように影で炭治郎と禰󠄀豆子をサポートしてくれていた彼女だったが、ついに無惨を倒すための協力依頼を受け、産屋敷邸に赴くこととなる。
そして柱稽古編の最終話、産屋敷邸で大爆発が起き、傷を負った無惨が現した時、最初に攻撃を与えた人こそが珠世だった。珠世は浅草で鬼にされた男性の血鬼術で無惨を拘束し、鬼を人間に戻す薬を拳に潜ませ、腕ごと無惨に吸収させたのだ。
この時、彼女の口から語られた過去と無惨への恨みを爆発させた言葉は、無惨の卑劣さ、そして、いかに人間の心を弄んでいるかがわかる、あまりに残酷なものであった。
珠世は人間だった頃、夫と子がいた。しかし、病で余命いくばくもなかった彼女は、子どもが大人になるのを見届けたい一心で無惨の誘いを受け、鬼にされた。しかし、鬼になったことで我を失い、結果、夫と子どもを自ら喰い殺し、挙げ句の果てに自暴自棄になり、さらに大勢の人間を殺めてしまったのだという。
計り知れない絶望と罪の意識を抱え、彼女は気の遠くなるような年月を生き、その全てを無惨を倒すための研究に費やしてきたのだ。どこか悲しさを感じる美しさと、静かな佇まいの奥に秘めた情熱には、こういった無惨への底なしの恨みがあったのだ。この悲しいいきさつは、那田蜘蛛山編での下弦の伍・累が鬼になった理由に通ずるものがある。
ともかく、珠世の存在がなければ、鬼殺隊が無惨の本丸である無限城へ突入することは叶わなかっただろう。
しかし振り返ってみると、ここまでの物語の中で、彼女が心の底から笑っていたシーンはひとつもなかったことが気にかかる。珠世の表情からは、常に自身が犯した罪に対する罰を受け続けているように感じるのは筆者だけだろうか。
アニメで珠世の活躍が取り沙汰されるシーンは多くはないが、物語で描かれていない時間の中でも、虎視眈々と復讐の機会をうかがってきた彼女。その執念の深さは、劇場版でどのように描かれるのだろうか——。