
手塚治虫さんの代表作の1つである『ブラック・ジャック』は、天才的な腕を持つ無免許外科医、ブラック・ジャックが活躍するエピソードだ。しかし、彼をサポートする愛らしいキャラクターも、作品の人気を語る上で欠かせない。それがブラック・ジャックの助手として知られる「ピノコ」である。
ピノコは一見すると、ブラック・ジャックの娘のような小柄で愛らしい少女であり、「アッチョンブリケ」といった独自の可愛いギャグで読者を和ませてくれる。しかし、ピノコの出生には重い過去が絡んでおり、作中では命を落としかけるなど、決して単なる愛らしいだけのキャラではないのである。
今回はそんなピノコの出生の秘密や、姉の存在など、ピノコの物語を深掘りしていきたい。
※本記事には作品の内容を含みます
■畸形嚢腫として誕生した過去、実はテレパシーも使える!?
ピノコの誕生の経緯は、原作の「畸形嚢腫(きけいのうしゅ)」というエピソードで詳しく掲載されている。
ある夜、ブラック・ジャックのもとに1本の電話が入る。それは、とある女性の腹部にできた畸形嚢腫を切り取ってほしいという依頼だった。
畸形嚢腫とは、本来双子だった片方が正常に成長できず、もう一人の体内に腫瘍として取り込まれてしまった状態を指す。この嚢腫には、未発達ながらも人間1人分の体の組織がすべて含まれていた。依頼者によると、これまで何度も切除手術がおこなわれたが、そのたびに念力のような力で邪魔され、失敗に終わったという。
さっそく手術に挑んだブラック・ジャックだが、やはりその念力のような謎の力によってメスを阻まれてしまう。そこで彼は嚢腫に対して、“私はおまえを生かしておくつもりだ、安心するがいい”と約束し、嚢腫を安心させて手術を成功させた。
その後、保存した嚢腫のパーツを自らの手で組み立て、幼い女の子の風貌として蘇らせたのがピノコなのである。
女の子として誕生したピノコは念力を使えなくなったが、嚢腫として存在していた頃は自分に危害を与える相手をテレパシーのような力で意のままに操っていた。ピノコはそれほどまでに「生きたい」という気持ちが強かったのだろう。
しかし、そんなピノコに対し、嚢腫の持ち主であった双子の姉は何度も切除を希望していた。手術後、姉と対面したピノコは「ひとごろしーッ」と感情を爆発させるが、冷たく拒絶されてしまう。去っていく姉の車を見送りながら、ブラック・ジャックにすがって泣きじゃくるピノコの姿がなんとも切なく、印象的なシーンであった。
■悪役としてのイメージが強いピノコの姉だが…
こうしてブラック・ジャックの手により、双子の姉の体内から取り出されて誕生したピノコ。
しかし、そんなピノコを姉は拒絶する。“私の妹じゃありません”と言い放ち、自分の顔を見せることすらせず、その存在すら認めない。この冷酷な態度は読者にひどい印象を植え付けたが、彼女は思わぬ形で再びピノコの前に登場している。
「ピノコ生きてる」は、ピノコが命の危機に瀕するエピソードだ。
ある日、突然倒れてしまったピノコをブラック・ジャックが調べると、ピノコは悪性の白血病であり、余命いくばくもないことが判明する。
ピノコを救うには、血液型が一致する姉を探し、全身の血液を入れ替えるしか方法がなかった。しかし行方知らずの姉を見つけることは困難を極め、ブラック・ジャックも諦めかけてしまう。そのとき顔を隠した姉が駆けつけ、“ピノコの顔は見たくもない”と言いつつも、自らの血液を提供してくれるのであった。
また、「おとずれた思い出」のエピソードでは、事故で記憶喪失となった姉がブラック・ジャックのもとで治療を受ける。それがきっかけで、ピノコと姉はお互いの素性を知らないまま、本当の姉妹のように仲良くなる。しかし、記憶を取り戻した姉は、再びピノコの前から逃げるように去っていくのであった。
これらのエピソードを見ると、やはり姉はピノコのことを避けており、嫌っているようにも見える。しかし、彼女は社会的地位や世間体などを気にしてピノコとの関係を公にできなかったとも推測できる。
姉はなんだかんだ言いつつもピノコのピンチには駆けつけ、記憶がない間とはいえ、ピノコと心を通わせていた。そんな姿を見ると、心の奥底ではピノコに対する愛情があるように見えるのだ。