
高校野球漫画のヒットメーカーとして知られるあだち充氏。その作品の主人公は『タッチ』の上杉達也、『H2』の国見比呂など、ピッチャーであることが多い。あだちファンなら、「あだち充作品で最強のピッチャーは誰か?」というテーマが盛り上がったこともあるかもしれない。では、「あだち充作品で最強のスラッガー」となると、どうだろうか。
あだち氏の作品における印象的なスラッガーといえば、その多くが主人公に立ちはだかるライバルポジション。主人公の渾身の球を打ち砕くその姿は、まさに「最強」の二文字がふさわしい風格を見せてくれる。作品ごとに君臨する最強のスラッガーを比較したら、はたして誰がトップに輝くだろうか。
そこで今回は、あだち充作品に登場するトップクラスの打者から、最強スラッガーの称号が最もふさわしいのは誰かを考えてみたい。
※本記事には各作品の内容を含みます
■才能ではトップか!? 『タッチ』新田明男
まず挙げたいのが、『タッチ』に登場する須見工業高校の4番バッター・新田明男である。
高校球界きっての打者として全国に名を馳せており、2年の夏と3年の春には甲子園で名門・須見工の中核として活躍。どちらの大会でもチームを準優勝に導いている。加えて甘いマスクで女子人気も高いアイドル的存在で、まさに“完璧超人”といったところだ。
バッターとしては豪快さと驚異的な勝負強さを兼ね備えており、須見工の監督は「わしが心底打ってほしいと願う場面での新田は10割なんだ」と、全幅の信頼を置いている。
その言葉の通り、最後の夏をかけて明青学園高校と戦った地区大会決勝では8者連続奪三振と波に乗る達也から起死回生のホームランを打ってみせた。試合の最後は新田自身の三振で幕切れとなったが、彼を責める者は誰もいないだろう。
まさに最強スラッガーの称号にふさわしい新田だが、彼の本当の凄さは、本格的に野球を始めたのが高校生になってからという事実だ。中学時代は不良グループに混じって日々を過ごしていたが、とある巡りあわせで上杉和也と対決し、完敗する。この出来事をきっかけに野球にのめりこむようになり、気づけば高校球界屈指のバッターにのし上がっていたのだ。
もし新田が幼少期から野球に打ち込んでいたら、どんな怪物になっていたのか……。その秘められた才能を考慮すれば、最強スラッガー候補のなかでもトップクラスであると言えるだろう。
■甲子園3打席連発の大本命『H2』橘英雄
「あだち充作品の最強スラッガーは誰か?」と聞かれて、『H2』明和第一高校の橘英雄を真っ先に挙げるファンはかなり多いだろう。主人公・国見比呂の親友にして最大のライバルであり、天性のホームランバッターとして1年生から甲子園で大活躍した正真正銘の天才だ。
英雄の天才性を示すエピソードは数えきれないが、1つ選ぶとすれば、3年夏の甲子園で記録した3打席連続ホームランだろう。
それまでの甲子園でも当たり前のようにホームランを打ってきた英雄だが、比呂率いる千川高校との決戦を目前に、そのボルテージは最高潮に。その結果、プロ注目の逸材といわれるピッチャーを擁する福徳学園を相手に、難なく3打席連続ホームランを達成した。
甲子園での3打席連発は、2025年現在でも達成者がいないアンタッチャブルレコードだ。作中で「天才橘英雄! 怪物橘英雄! どちらも正真正銘です!」と称えられた通り、達成した英雄の才覚は規格外である。
ちなみに、英雄はホームランバッターでありながら、体の線が想像以上に細いらしい。古賀春華からそのことを指摘された際、彼は「ボールは、力で飛ばすんじゃないぜ。タイミングが合って芯を食えば、体の回転でスタンドに運べるんだ」と、こともなげに語り、「それこそ、空振りしたのかと思うくらいのなんともいえない感じなんだ」と続ける。
彼が語るそれはバッティングの理想形だろう。だが、実現できる者がどれぐらいいるだろうか。その境地に高校生で達した英雄だからこそ、3打席連発の偉業を達成できたのだ。ファンの間で最強スラッガーと評されるのも納得である。