■健気な少女のラストが切なすぎ…『腸詰工場の少女』

 次は、1982年に『マンガ宝島』(JICC出版局)に掲載された高橋葉介氏の短編『腸詰工場の少女』を紹介したい。

 高橋氏といえば、1970年代末に「ニューウェーブ漫画家」と称され、流麗な筆致と独特な作風で知られる。代表作の『夢幻紳士』シリーズ、『学校怪談』シリーズなどが有名なホラー作家である。

 『腸詰工場の少女』は、「腸詰(ソーセージ)」工場で働く少女・那由子を描いた物語。母を亡くし、父は働きもせずに娘の那由子が稼いだ金で飲んだくれている。

 そんな那由子はある日、工場のソーセージの材料に人間の死体が混じっているのを目撃してしまう。すると工場長は口止めのために、那由子が恋心を抱いていた息子・春彦と交際させるのである。

 むじゃきに喜ぶ那由子は身も心も春彦に捧げるが、朝帰りしたところを酔った父親に襲われてしまう。

 その後、妊娠が判明した那由子だが、どちらの子か分からない状況。そのうえ春彦は社長令嬢と婚約が決まり、那由子はあっさりと捨てられてしまう。

 ショックを受けた那由子は、つわりの弾みに工場の機械に腕を巻き込まれ、片手がソーセージになってしまう。この展開は、もはやシュールを通り越してやるせない。そして最後、自暴自棄になった那由子はお腹の赤ちゃんに謝罪しながら自ら機械に飛び込んでしまう。

 同作はホラーだが、妖怪や悪霊の類は登場しない。しかし、娘に寄生して暴行する父親、利益だけを追う工場長、貧しい女性を軽んじる春彦など、それ以上に“たちの悪い”人間の悪意がこれでもかと那由子を襲った。

 そんな目に遭いながらも父親から逃げず、工場の悪事を黙認し、好きな人に弄ばれた彼女は、純粋すぎる愚かな少女だったかもしれない。それでも、その末路はあまりにも憐れでいたたまれなかった。

■現代日本の闇を先取りしていた…『洗礼』

 最後に紹介するのは、1974年から『週刊少女コミック』(小学館)にて連載された楳図かずお氏の長編ホラー漫画『洗礼』だ。

 美貌の大女優・若草いずみは、年齢とともに顔にできたシワとアザに苦しみ、精神面も不安定に。そしていずみは、主治医からの提案を受け入れて、ハンサムな男と交際し、自分に似たかわいい娘・さくらを出産すると、あっさり芸能界を引退した。

 数年後、醜く太った姿になったいずみは、美しく育った娘・さくらを異常なまでに溺愛する。

 ある夜、さくらは母親が立ち入りを禁じていた二階の部屋で、おびただしい動物の死骸を発見する。そして母のいずみが、娘のさくらに自分の脳を移植して、若返る手術を準備していたことを知らされる。そして捕らえられたさくらは、手術台に縛りつけられた。

 さくらの体に生まれ変わったいずみは、普通の女性としての幸せをつかむため、娘の担任教師・谷川の愛を得ようと彼の家庭を壊し始める。小学生ながら教師を誘惑するような異常行動をくり返すさくらに、谷川はカウンセリングを受けさせようとする。

 その頃いずみが乗っ取ったさくらの顔にも、大きなアザが現れる。これに追い詰められたいずみは、谷川の妻の体に自分の脳を再移植しようと企んだ。

 しかし、そこで衝撃的な事実が明らかになる。いずみの主治医は何十年も前に死去しており、実はさくらへの脳移植手術は行われていなかった。つまり、すべては小学生のさくらによる妄想だったことが判明する。ちなみに母のいずみも生存していた。

 とはいえ、小学校の担任教師に対するさくらの肉欲的な行動のすべてが、実は本人の秘めた欲望であったことに衝撃を受ける。何よりも美に固執した母親、そして娘に対する異常な執着が、思春期の少女を歪ませてしまったのだろうか。

 今から50年以上も前に、毒親の影響で精神を病んでしまった子どもの悲劇を描いた結末は、現代日本の闇を先取りしていたと言っても過言ではない。


 ホラーマンガの怖さは絵や物語のインパクトだけではない。今回紹介した3作品は、いずれも人の業に恐怖を感じた昭和の傑作ぞろいだ。悪いことをしていない主人公たちが悲しい末路を迎え、その救いのなさに衝撃を受けた。悪霊や悪魔の仕業ではなく、人間のしでかした所業だからこそ、より生々しくて恐ろしい。

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