
1973年から『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載された、手塚治虫さんの不朽の名作『ブラック・ジャック』は、天才的な腕を持つ外科医、ブラック・ジャックにより、多くの命が救われる話だ。しかし闇医者でもある彼が要求する金額は法外で、一度の手術に数千万円、時には億単位の金額を請求することも珍しくない。
しかしそんな彼が、なんと報酬を受け取らず「タダ」で手術をするエピソードも存在する。そこには彼の信念や人間性が垣間見える意外な理由が隠されているのだ。
今回はそんなブラック・ジャックがタダで手術をしたレアエピソードの中から、特に印象的な理由を持つものを紹介しよう。
※本記事には各作品の内容を含みます
■ブラック・ジャックの登場により和解した親子「勘当息子」
まずは「自分を泊めてくれたから」という、実に人間味溢れる理由で無料で手術をしたエピソード「勘当息子」を紹介したい。
雪深い田舎町を訪れたブラック・ジャックは、どの宿を探すもどこも断られ、途方に暮れていた。そんな彼を泊めてくれたのが、町外れで老婆が営む民宿だ。
老婆は自身の還暦祝いの準備をしており、今晩は3人の息子が帰ってくるという。しかし息子たちは誰も姿を見せず、そこに現れたのが昔、勘当したはずの四男だった。だが、これをきっかけに老婆は持病を悪化させて倒れてしまう。そこでブラック・ジャックがタダで老婆を手術するのだ。
その後、手術は無事に成功し、老婆は四男と和解を果たしてハッピーエンドに。そんな2人の再会を目の当たりにしながらも、「長居したって一文にもならんからな」と立ち去ってしまうブラック・ジャック。
彼は大変なツンデレキャラではあるものの、心の奥には大きな優しさを秘めていることが分かるエピソードだ。
■ブラック・ジャックの恋心が動いた無料手術?「ブラック・クイーン」
次は、ブラック・ジャックが恋をしたようなレアエピソードを紹介したい。
「ブラック・クイーン」には、桑田このみという腕利きの女医が登場する。外科医の彼女は「ブラック・クイーン」の異名で呼ばれていた。
そんなこのみはある日、バーでブラック・ジャックと出会い、自嘲的に自身のあだ名について語る。
しかしクリスマスイブの前日、彼女の恋人が事故に遭い、このみは彼の足の切断というあまりにも過酷な決断を迫られることとなる。
そんな彼女のもとにプレゼントを持って来たブラック・ジャックは、その状況を知ると彼女を眠らせて自らロックの手術をおこない、足の切断をすることなく救ってみせた。
手術を無料でおこなった理由は、ブラック・ジャックからこのみへのクリスマスプレゼントであったといえるだろう。しかも彼はこのみへラブレターのようなものまで用意しており、彼の淡い恋心も垣間見える。
このエピソードはブラック・ジャックがクイーンに抱いた特別な感情ゆえに、タダで手術をおこなったエピソードといえるだろう。
■まるで自分の半生のような小説の続きが読みたくなった「しめくくり」
「しめくくり」は、ブラック・ジャックが“いち読者”として、小説家をタダで手術するエピソードである。
国民的人気のヒーロー小説の作家・井中大海はガン闘病中のため、物語を完結することができずにいた。当初、彼の手術依頼を断ったブラック・ジャックだったが、井中の小説を読んだところ、主人公の壮絶な半生が自分の過去と重なり、物語に深く引き込まれてしまう。
「どうしても生かして…つづきを書かせなきゃあならないハメになっちまったな」ブラック・ジャックはそう言って、井中の手術をタダで請け負い、小説を書き上げられるだけの延命手術をおこなうのであった。
私たちにも「最終回はどうなるのか?」と、気になって仕方のない作品は一つや二つあるだろう。ブラック・ジャックもそんな純粋な好奇心から、患者を救うこととなったのだ。彼がそこまでして読みたかった小説のクライマックスがどのようなものかは、ぜひ本編を読んで確かめてほしい。