
『闇のパープル・アイ』や『海の闇、月の影』などのホラー・ミステリー作品で80年代に大活躍した漫画家・篠原千絵さん。現在も『霧の森ホテル』(小学館『姉系プチコミック』)の新シリーズを13年ぶりに手がけるなど、精力的に活動を続けている。
篠原さんが手がける作品は壮大なサスペンスやミステリーのイメージが強いが、実は多くの短編も手がけている。ホラーやミステリーのジャンルが得意なだけあり、短編もゾクゾクするような内容が多い。だがその多くは、思わず感涙するような切ないラストシーンが印象的で読み応えのある作品ばかりだ。
今回はそんな篠原さんが手がけた、怖いけど切ない80年代の短編ストーリーを振り返りたい。
※本記事には各作品の内容を含みます
■双子ゆえの葛藤から起こした殺人『優しい殺人者』
『優しい殺人者』は、1984年に発売された『篠原千絵傑作選1 訪問者は真夜中に…』(フラワーコミックス)に収録されている作品だ。
主人公の女子高生・谷口あゆみは、憧れの先輩・麻上優にラブレターを渡すため家を訪れる。しかし家から出てきた優は、人気のない神社で待ち合わせた男性と口論になり、なんと相手を殺してしまう。驚いたあゆみはその場から逃げ帰るも、その後、誰かにつけ狙われることとなる。
実は犯罪を犯したのは優の双子の弟・勝だった。優と勝は同じ顔、同じ声、同じ体を持つが、兄の優は勉強もできて周りからモテる優等生。兄に劣等感を感じていた勝は「どうせおまえの兄貴よりうえにはなれやしない」という言葉に激高し、殺人を犯してしまっていた。
強固な絆で結ばれている双子ゆえに、自分にはできないことをやってのける兄に対し、強いコンプレックスを抱いていたのだろう。本作は双子ならではの苦悩が描かれた切ない作品でもある。
そして篠原さんはこの作品のあと『海の闇、月の影』にて、双子の姉妹をテーマにしたサスペンスを手がけている。
■幸せな恋人たちを引き裂く不穏な鈴の音『そして5回の鈴が鳴る』
同じく『篠原千絵傑作集1』に掲載されている『そして5回の鈴が鳴る』は、大学生同士のカップルを中心に巻き起こる悲劇だ。次々に起きる殺人は衝撃的であり、1995年には小学館文庫にて小説化もされている。
あらすじはこうだ。恋人の克己と同棲中の愛子は、ある日、土に埋まった美しい鈴を拾う。しかしその日から愛子は夜になると鈴の音が聞こえ、記憶のない間に外を出歩き、血だらけになって目覚めるのだ。
それが数日続く間に、克己と同じゼミ生が次々と首の骨を折られて殺されていく。やがて彼らの周りには、佐藤よしえという美人な女性が関わっていることが判明する。よしえは克己の元彼女であり、酔ったゼミ仲間に暴行され殺されていたのだ。
篠原さんの作品では女性が卑劣な男性たちによって暴行されてしまうことも多く、その恨みを果たすための悲劇が多々描かれている。
今回の話も男性たちを恨むよしえが愛子の体を乗っ取り殺人を犯すのだが、元恋人である克己への気持ちが断ち切れていないのがなんとも切ない。恨みを果たしつつも、克己と愛子への嫉妬心に苦しむよしえの悲痛な叫びが胸を打つ作品である。