
1973年から『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)で連載された、手塚治虫さんの漫画『ブラック・ジャック』は、時代を超えて多くの読者の心を揺さぶる名作だ。
本作は、天才外科医であるブラック・ジャックが多くの人の命を救っていく物語で、感動的なエピソードもあれば、思いもよらない悲しい結末を迎える話も少なくない。
なかでも女性患者にまつわる悲しいエピソードは印象深く、まだ若い女性が手術をし、悲惨な結末を迎えるケースは見ているこちらも心が痛くなってしまう。
今回はそんな『ブラック・ジャック』に登場する、女性にまつわる後味の悪いエピソードを振り返っていこう。
※本記事には各作品の内容を含みます
■顔を見せたかっただけなのに…「オオカミ少女」
まずは「オオカミ少女」のエピソードから。内戦が続くある国の検問所で騒動を起こしたブラック・ジャックは、追っ手をかわして山奥へと逃げ込む。峠を越せず倒れたブラック・ジャックを助けたのは、生まれつき顎と口が2つに分かれた「狼咽(ろういん)」の少女だった。
ブラック・ジャックは自分を助けてくれたお礼に、少女の顔に形成手術を行う。少女は嬉しさのあまりブラック・ジャックの忠告も聞かずに山から町へ降りてしまい、軍関係者によって亡命者と判断され銃で撃たれてしまうのだ。
それまで“オオカミ少女”として周りから蔑まれていた少女が、コンプレックスが解消されたことでその顔を誰かに見せたくなってしまうのは、当然のことだろう。
日本では隣国と陸続きの国境がないため銃殺されるといったことはまずないが、情勢が不安定な国では国境付近でこうした事件が起きることも少なくない。手塚さんはそうした世界情勢も見越したうえで、この悲しいエピソードを描いたのかもしれない。
■ブラック・ジャックへの復讐心が招いた義母の悲劇!?「骨肉」
ブラック・ジャックには大切にしていた亡き母親と、自分たちを裏切った憎らしい父親がいる。父親はその後、再婚しているのだが「骨肉」のエピソードではその再婚相手、つまりブラック・ジャックの義母が登場し、暗躍する。
ある日、父親が脳卒中により亡くなり、莫大な遺産を実子であるブラック・ジャックと義理の妹・小蓮が引き継ぐことになった。
しかし小蓮にすべての遺産を継がせたい義母は殺し屋を雇い、ブラック・ジャックを暗殺しようとする。何とか難を逃れたブラック・ジャックだが、帰国時にも殺し屋に狙われ、それに気づいた小蓮がブラック・ジャックを庇って命を落とすのだ。
義母はかつて病気によって顔が変形し、ブラック・ジャックに整形してもらった過去を持つ。しかし、その顔はブラック・ジャックの実の母親にそっくりに変えられていたため、義母はもしかしたら恨みのような感情を持っていたのかもしれない。しかしその結果、義母は自分の娘を死なせてしまうという最悪の悲劇を招いてしまったのだ。
小蓮が空港で死んだ際「おつれさんですか?」と聞かれたのに対し「赤の他人さ」と答えたブラック・ジャック。何の罪もない小蓮が義兄を庇って死ぬという、数あるエピソードの中でも胸が苦しくなる結末だった。