■ささやかな幸せを壊された『鬼滅の刃』猗窩座

 最後は吾峠呼世晴氏による『鬼滅の刃』(集英社)の十二鬼月のひとり・猗窩座を見ていこう。彼もまたかなり悲惨な過去を持っている。

 本作に登場する鬼は、自らの欲望のままにその道を選んだ者ばかりではない。猗窩座が狛治という名の人間だった頃は、ただ幸せになりたいだけの男だった。

 狛治の家は貧しく、病弱の父親に薬を与えるために盗みを働く毎日……。しかし、父親は息子が自分のために盗みをしている事実に罪悪感を抱き、みずから命を絶ってしまう。

 その後、狛治は武術の道場の師範である慶蔵に拾われることになる。慶蔵には恋雪という名の娘がいて、彼女は病弱でいつも床に伏せていた。

 そんな恋雪の世話を任された狛治は、自分の父親の姿と重ねて懸命に彼女を看病するようになる。その甲斐もあって恋雪は3年後には普通の生活ができるようになった。そこから慶蔵が自らの道場を継いでほしいと話し、恋雪と想いが通じ合い、明るい未来が見え始めた頃……悲劇が起こる。

 いつも嫌がらせをしてくる近所の剣術道場の人間が、力で慶蔵や狛治に勝てないから井戸の水に毒を入れて、慶蔵と恋雪を殺してしまったのだ。

 どん底から救い出してくれたふたりを無惨にも殺されてしまった狛治には希望も何もない。復讐のため、嫌がらせをしてきた道場の関係者を全員殺害。その惨状に“鬼が出た”という噂が流れ、興味をもった鬼舞辻無惨は返り血だらけの狛治を発見する。狛治からの攻撃を難なく交わした無惨は、気まぐれに自らの血を与えた……。

 ほんのささやかな幸せを願っただけなのに、それを踏みにじられてしまった狛治の気持ちには同情してしまう。何もしていないのに身勝手に全てを奪われてしまうのは辛すぎる。

 

 闇落ちキャラを見ていると、心を潰されて追い詰められたからこそ、全部ぶっ壊してやるという気持ちになったのかもしれない……と思わず同情してしまう。彼らの行動は許されるものではないが、その背景を考えるとやるせない思いも同時に感じる。

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