
『機動戦士ガンダム』では、主人公アムロ・レイの「親父にもぶたれたことないのに!」や、ライバルであるシャア・アズナブルの「当たらなければどうということはない」や「坊やだからさ」など、主要キャラクターの名セリフが数多く存在する。
しかし、視聴者の記憶に残る印象的なセリフの中には、あまりにも地味なキャラや、名前すら与えられていないキャラによるものも少なくない。いずれもドラマチックなセリフではないが、モビルスーツや戦争世界をリアルに伝える重要なものばかりだ。
■ホワイトベースのコック長が求めたのは?「塩がないと戦力に影響するぞ」
たとえば「塩がないと戦力に影響するぞ……」は、そのひとつ。ロボットアニメというフィクションの世界に、我々の生活にもなじみのある“塩”というワードが突如飛び込む『ガンダム』ならではの名言だ。
この言葉を発したのは、第16話「セイラ出撃」に登場するホワイトベースコック長のタムラなるキャラクター。コック帽をかぶり、小太りでつぶらな瞳が特徴的な彼は、ホワイトベースでも数少ない正規軍人のひとりで、クルーや避難民を含めた食事を一手に引き受ける、まさに艦内の縁の下の力持ち的存在である。
この話数のホワイトベースは、地球連邦軍本部からの作戦命令を待ちながら砂漠地帯を航行中。タムラはブリッジに朝食を運びながら、ブライト・ノアに「塩がなくなりますが、手に入りませんか?」と神妙な表情で尋ねる。しかし直後、レビル将軍の使者が現れ、会話は中断されてしまう。
命令を受け、真剣な面持ちで考え込むブライトの前に、再び現れたのはやはりタムラ。彼はジオン軍からの攻撃を食糧庫に食らったことで塩に被害があったと説明する。塩分不足は人体に深刻な影響を及ぼし、戦力維持にも不可欠なもの。彼の要求も至極真っ当ではあるものの、ホワイトベースは敵勢力下、補給は困難を極める。ブライトも諦めを促すが、しかしタムラは譲らない。険しい表情でブライトを見据えて、「塩がないと戦力に影響するぞ……」と説明するのだった。
このエピソードでは、ジオン軍の支配下を航行するホワイトベースの緊迫感と、タムラの切実な訴えが絶妙に交錯する。物語の最後、ホワイトベースは無事に塩を含む湖を発見するが、丸々1話を使って「塩」のために右往左往する姿を描くことで、戦場のリアリティを視聴者に伝えていた。前線で戦うパイロットだけではなく、それを支えるクルーの重要性を描く『ガンダム』ならではのセリフだろう。
■臨時参謀が現場の想いを代弁「失礼だが、マ・クベ殿は宇宙の兵士の気持ちをわかっておられぬ…」
次に紹介するのは、物語終盤、地球連邦軍のソロモン攻略戦の裏側で交わされた、ある臨時参謀の印象的な名セリフだ。
第35話「ソロモン攻略戦」。宇宙要塞・ソロモンが連邦軍の猛攻を受けるなか、ジオン軍のドズル・ザビ中将は妻ゼナと娘ミネバを脱出ロケットに乗せ、戦火の中から逃がす。
そして続く第36話「恐怖!機動ビグ・ザム」では、ソロモンへの支援艦隊を率いるマ・クベの船が、その脱出ロケットを発見する。ここでバロム大佐なるキャラが「遠隔操作で回収しろ」とクルーに支持を出すが、ここでマ・クベは「大佐、ソロモンの戦いは深刻のようだな。脱出ロケットなぞ構わずに……」と回収せず見過ごそうとする。そこで言葉を遮るように、バロムが「失礼だが、マ・クベ殿は宇宙の兵士の気持ちをわかっておられぬ。このようなとき、仲間が救出してくれると信じるから、兵士たちは死と隣り合わせの宇宙でも戦えるのです」と進言をする。
これにより、ゼナとミネバの乗るカプセルは無事に回収され、シーンはドズルの連邦軍艦隊へ特攻へと繋がっていくのだった。なお、このときバロム大佐の進言により助けられたミネルバは、『機動戦士Zガンダム』以降のシリーズ作品にも登場し、重要な役割を果たしていくことになる。
バロムはキシリア・ザビの配下の軍人で、登場はわずか数シーン。いわゆるモブキャラ的な人物ではあるが、後の宇宙世紀にとっても非常に重要な一言だった。