■血を吐くような悲しいセリフは、上司からの逆らえない無理難題のテンプレに!?『大奥』

 最後に紹介するのは、よしながふみさんが描く『大奥』から。白泉社の『MELODY』で2004年より連載されていた人気作品だ。

 同作は江戸時代をモデルにした架空の世界が舞台で、謎の疫病によって男性が減少したことで女性が将軍になっている。彼女らに仕える男たちだけが集う「大奥」を舞台とした男女逆転時代劇だ。

 もともと愛憎劇に定評のあるよしながさんだが、「将軍」という檻に閉じ込められた女性たちの悲哀と、周囲で巻き起こる悲劇が残酷で、読んでいるうちに胸が押し潰されそうになる怪作である。

 そのコミックスの第5巻に登場した五代将軍・徳川綱吉(女性名・徳子)の「天下人に逆らうつもりか?」「私がやれと言ったらやるのじゃ」「抱き合え」という1シーンは、ネットミームと化した。

 将軍には逆らえない若侍同士に無理難題を押しつけるテンプレートのような扱いを受けがちだが、実はそんな単純な悪意や嫌がらせからくるセリフではない。

 この言葉を発した徳子は世継ぎが死んだことで、子どもが産めない年齢になりながらも無理強いをさせられ、プライバシーもない状況に心が荒んでいく。子を成すという役目のため、好きでもない相手に抱かれ続けてきた徳子が、壊れそうな自分自身の心を慰めるように、互いに愛し合っている若侍に命じたセリフなのである。

 実際、徳子の血を吐くような苦しみの吐露にすぎないのだが、ネットではいつのまにか下位者に対する上位者の無理難題な命令へと置き換わってしまったのが切ない。

 

 SNSなどで未読作品のネットミームを目にする機会は多いが、そのシーンの前後を知ることでイメージが一変するケースは多い。初めて見るネットミームに触れたときは、元ネタとなる作品を探して一読してみるのも一興だろう。

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