
漫画に登場する魅力的なセリフは読者の心に大きなインパクトを与え、記憶に残る名シーンも多い。ときには作品を知らない人にまで知れ渡るほど、破壊力のあるセリフも珍しくない。
たとえば美内すずえさんによる『ガラスの仮面』ならば、月影先生が発した「おそろしい子!」という心の声が有名だ。これは主人公・北島マヤの女優としての才能を垣間見た瞬間に発せられたセリフである。
ほかにも同作では決意や驚き、本気の感情を表現する際に、キャラクターの大きな瞳から黒目が消えて「白目」になるのも特徴のひとつ。「おそろしい子」というセリフと同様にCMやコラボ商品などにも用いられ、公式も認めた『ガラスの仮面』の鉄板ネタだ。
SNSの普及により、こうした有名作品の名ゼリフやシーンを事あるごとに目にする機会も増えた。だが、実際にはその漫画を読んだことがなかったり、元ネタを知らないケースも多いだろう。
そこで今回はネット上でセリフやシーンの一部が有名になってしまった少女漫画の元ネタが、実際はどのように描かれていたのかを探ってみたい。
※本記事は各作品の核心部分の内容を含みます。
■作者自身もネタにする衝撃シーン「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!」『覇王愛人』
新條まゆさんによる『覇王・愛人(「・」はハートマーク)』は、2002年から小学館の漫画雑誌『少女コミック』で連載されていた作品だ。
病気がちな母や幼い弟たちと暮らす女子高生・秋野来実(あきのくるみ)が、マフィアのボス・黒龍(ハクロン)を偶然救ったことをきっかけに無理やり拉致され、香港で彼の「愛人(アイレン)」となる物語。
予測不能なジェットコースター的な展開に定評のある本作は、けなげで平凡な少女・来実に対する黒龍の過激なシーンも多かった。
そして黒龍をはじめ、男性キャラクターの多くがイケメンだが、本作でもっとも認知度の高いイケメンキャラといえば、コミックス3巻に登場した名もなき端役の「世界一の殺し屋(以降、殺し屋)」ではないだろうか。
黒龍の暗殺を依頼されたその殺し屋は、他者を巻きこまないことを信条にする意外とまともな人物。そんな彼が、アサルトライフルで黒龍を狙ったときの名言が「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!」である。
たしかに黒龍はきれいな顔をしているが、それをわざわざ大声で宣言する殺し屋に「実は良い人なのでは?」と思わずにはいられない。
そして「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!」のセリフがネット上で有名になったのは、狙撃シーンの描写にツッコミどころが多かったためである。殺し屋は、アサルトライフルをまるでバズーカのように肩に担ぎ、銃にサイトスコープがついていないにもかかわらず、なぜか漫画のコマには照準が描かれていたのである。
ミリタリー好きからツッコまれても致し方ない作画上のミスではあるが、それがネット上でイジられて有名なネットミームと化した。2022年には、その問題のコマをあしらった「殺し屋Tシャツ」なる商品まで販売されるに至る。
まさかのグッズ化について、当の新條先生は自身のXにて「ついにこんな屈辱的な日が来てしまった」「そんなつもりで描いたわけじゃないのに!!」「ミリヲタども!!買うがいい!!」と力強くコメント。そのシャツを着た先生自身が、ノリノリでアサルトライフルを肩にかついだ自撮りまで投稿していたのが印象的である。
■なぜ、そんなところに芋けんぴが? 突拍子もない展開に驚かされた『芋けんぴは恋を呼ぶ』
次に紹介するのは、「芋けんぴ、髪に付いてたよ」という破壊力満点のセリフでおなじみの少女漫画。このフレーズもネット上で一度くらいは見かけたことがあるのではないだろうか。
実はこの少女漫画は、小学館の『Sho-Comi』にて2010年に掲載された読み切り作品で、杉しっぽ先生の『芋けんぴは恋を呼ぶ』という作品の1シーンだ。
主人公の千崎和歌は、お菓子の「芋けんぴ」をこよなく愛する少女。ある日、大好物の芋けんぴが買い占められてしまい、偶然出会ったイケメンの大沢ゴン太と一緒に犯人探しをするという展開が描かれる。その間、歩きながら芋けんぴを食べていたおばさんを犯人扱いしてしまい、芋けんぴを投げつけられるという一幕もあった。
内容をかいつまんで説明しても、本作を知らない人なら「はて?」と頭をヒネらずにはいられないかもしれないが、それはさておき、ふたりが張り込みをしていた場面で問題のシーンが訪れる。
ふと、ゴン太が和歌の首筋に手を伸ばし、「キスされるのでは?」とドキドキする和歌。しかし、彼女の髪には先ほどおばさんが投げつけた芋けんぴがくっついており、ゴン太がそれに気づいたのが真相。そこであの「芋けんぴ、髪に付いてたよ」というセリフが飛び出したのである。
キラキラした少女漫画らしい絵柄と「芋けんぴ」というワードのギャップ、さらにイケメンのゴン太が彼女の髪についた芋けんぴを「カリ」と食べてしまうシュールさも相まって、おもしろシーンとしてネットミーム化したと思われる。
しかし、同作のタイトル自体が『芋けんぴは恋を呼ぶ』であり、髪に芋けんぴがついていた流れも漫画をしっかり読んでいたらけっして不自然ではない。
ちなみにネット上での反響を受けてか、小学館の公式サイトの作品紹介にも「少女漫画の伝説的名シーンが生まれた“あの”作品!!」と堂々と謳われている。