
ブラックユーモア満載のドタバタ劇から不条理感漂うホラーまで、幅広い作品を生み出してきたSF作家・筒井康隆さん。日本を代表する小説家でありながら俳優としても活躍するなど、マルチな才能を持つ天才だ。
2025年1月17日には、1998年に発表した小説『敵』の実写化となる同名映画が公開され話題を集めている。
これまでにも、『時をかける少女』『七瀬ふたたび』『富豪刑事』『パプリカ』など、数多くの小説が映画・ドラマ・アニメ化されているが、独特な世界観を描く短編たちが『世にも奇妙な物語』(フジテレビ系)でもたびたび映像化され放送されてきた。そこで今回は、『世にも奇妙な物語』で放送された筒井作品を振り返ってみたい。
※本記事には各作品の内容を含みます。
■筒井康隆本人も出演した『最後の喫煙者』
まずは1995年の『冬の特別編』で放送された『最後の喫煙者』。今でこそ分煙が当たり前になっているが、現代のような社会ではなく路上喫煙も当たり前だった時代に、世間の「嫌煙運動」によって喫煙者たちが弾圧を受けるようになった世界を描いた物語だ。
あるとき猛烈なヘビースモーカーである小説家の穴井龍之介(林隆三さん)は、編集部の女性とタバコが原因で揉め、週刊誌に喫煙をリークされてしまう。だが、世間から過激な誹謗中傷を受けても穴井は自分を貫き、テレビに出演してタバコを吸う煽りまで見せた。
世間の嫌煙運動はエスカレートし、メディアは喫煙者を晒しあげてバッシングする。さらに白頭巾を被ったKEK団なる集団が現れ、魔女狩りの如く喫煙者の命を奪うという猟奇的事件が頻発する。
狩りから逃れ、何とか生き残った喫煙者は穴井を含めて3人のみ。だが、彼らの自宅も襲撃を受けてしまう。必死で逃げるも2人がやられてしまい、ついには穴井1人に。万事休すと思われたそのときヘリが現れ、彼は「最後の喫煙者」として保護対象となったと放送が入る。もはや天然記念物だ。
穴井は怒り、逃げようとするが誤って崖から落ちてしまう。時は経ち、博物館には「地上最後の喫煙者 穴井龍之介 1998年絶滅」のパネルとともにタバコを吸う穴井の剝製が飾られるのだった。
オーバーな表現であれど、過剰な同調圧力を描いた恐ろしい短編。当時ヘビースモーカーだった人たちは、いつかこんな時代がくるかも……と震えたに違いない。なお、同作には愛煙家で知られる筒井さん本人も俳優としても出演している。
■感動の声続出の名エピソード『時の女神』
膨大な作品の中でも「感動作」と名高いSFロマンス『時の女神』は、元は1968年の『にぎやかな未来』のために書き下ろされたショートショートだ。その後、1971年の『幻想の未来』に収録され、『世にも奇妙な物語』では1994年の『七夕の特別編』で映像化された。
主人公は、妻(水野真紀さん)を亡くし男手一つで娘を育てる沢田修平(柳葉敏郎さん)。ある日、上司から再婚話を持ちかけられた修平は、それを断り、妻との人生を振り返る。
出会いは修平が小学生の頃。七夕の下校中、白いワンピースの大人の女性(水野真紀さん)が現れ、修平に微笑みかけた。時が経ち、大学生のときに再びその女性が当時とまったく同じ姿で現れる。以来修平は彼女に恋焦がれ、10年後、三たび現れた彼女とついに結ばれ夫婦になった。
結婚生活では、不思議なことも起こる。窓際にいた妻が目を離した瞬間に消え、直後に1本の赤いガーベラを持って台所に立っていたのだ。「その花は?」と問う修平に、妻は「素敵な人にもらったの」と微笑んでいた。
その後、娘が生まれるが、ほどなくして妻は病で倒れてしまう。そして妻は、自分にはタイムトラベルの能力があり、修平の幼少期から彼を見守っていたことを明かす。さらに、未来にも「一度だけ」行ったことがあると言うがその内容は語らず。その会話の後、妻は人差し指と中指をクロスする2人の愛のサインを見せながら息を引き取った。
そこから時が経ち、修平は白髪混じりになっており、娘は中学生になっていた。そしてある日、2人は妻に花を買おうと生花店に立ち寄る。赤いガーベラを手にした修平が気配を感じて振り向くと、そこには白いワンピースの妻が指をクロスしながら微笑んでいた。修平は目を潤ませ、ガーベラを差し出すのだった。つまり病院のベッドで妻が「一度だけ行った未来」はこのときで、過去に妻が台所で持っていた赤いガーベラは未来の修平が渡したものだったのだ。
ちなみに赤いガーベラには「神秘の愛」などの意味があり、1本だと「運命の人」という意味があるそうだ。指のサインも2人の深い愛を感じさせるもので、涙なしには見られない物語である。『世にも奇妙な物語』では20分程度で描かれた本作だが、家族の濃密な時間を感じさせる名作だ。
■力士の無言の圧力と足の速さが怖すぎ!『走る取的』
社会を風刺したコメディに感動作にと、さまざまな作品を生み出す筒井さんだが、ホラーも名作ばかり。最後は、2014年の『秋の特別編』放送の、仲村トオルさんが演じるサラリーマンの信田が相撲取りに追われる姿を描く『走る取的』を振り返りたい。
あるとき信田は、後輩の亀井(音尾琢真さん)と居酒屋で妻の愚痴をこぼしていた。次第に酒が進むと、友人が太ったという話題になり、信田は「そんなに太りたきゃ相撲取りにでもなりゃよかったんだよな」と友人を揶揄する発言をする。
そのとき、近くの席で若い力士が2人を睨んでいた。「見たところあれは幕下の取的ってやつだな。たいしたことない、出世しそうなやつじゃないよ」と気にせぬ信田だったが、店を出た二人の後、背後からその男がついてくる。そして驚いて逃げる二人を、男は表情一つ変えず巨体を揺らしながら全力疾走で追いかけるのだった。
二人はなんとかいきつけのクラブに身を潜め、ひとしきり飲んで店を出ると、そこには四股を踏む相撲取りの姿が……。再び始まる恐怖の追いかけっこ。履物を脱いで本気モードになった力士はその巨漢からは想像できないほど足も速く、路地もバスの中までも果てしなく追いかけてくる。消沈した二人はバスの中で謝罪するも、男は何も言わず怒りの表情を浮かべるだけだった。
バスを降りた後、精神的に追い詰められた亀井はスコップで力士を殴ってしまう。だが、次の瞬間、亀井の首は男の張り手でぐにゃっと曲がり息絶えた。残された信田は隠れながら妻に電話で今まで心配かけたことを詫び、泣きながら愛してると告げるが、背後から現れた力士に捕まり、彼もまたサバ折りで骨を粉砕されてしまう。ポロリと落ちたスマホには、ぽっちゃりした妻と娘の写真が映っていた。
謎の力士がひたすら追いかけてくるという理不尽でシュールな設定の同作。なぜそこまで追い詰めるのか、そういった理由は明かされていない。映像化されたことで『ターミネーター』の如く無表情で一言も喋らず全力で「走る取的」がより怖く描かれており、また人を馬鹿にしてはいけないという教訓も教えてくれる物語である。
このほかにも、『鍵』や『熊の木本線』といった複数の短編が『世にも奇妙な物語』で映像化されている。原作を読むとまた違った印象を持つ作品も多い。ぜひこの機会に読んでみてはいかがだろうか。