連載21年で「やっと1年経過」、スローすぎる野球漫画『おおきく振りかぶって』が愛され続ける理由の画像
ひぐちアサ『おおきく振りかぶって(1)』 (アフタヌーンKC)

 1年生のみの新設野球部が甲子園を目指す、ひぐちアサ氏の高校野球漫画『おおきく振りかぶって』の連載がスタートしたのは、2003年のこと。2006年には『手塚治虫文化賞・新生賞』を受賞して話題となり、2007年と2010年にはテレビアニメ化。そして連載20周年を迎え、2024年11月には最新刊となるコミックス第37巻が発売されました。

 最新刊では主人公たちがついに2年生となり、新入生が入部しています。つまり、20年超、37巻かけてやっと時が1年間進んだことになります。なぜこんなにスローなのか? なぜ20年以上も愛され続けるのか? その秘密に迫ります。

■累計1800万部突破『おお振り』が支持される理由とは

 『おおきく振りかぶって』は、『月刊アフタヌーン』(講談社)で連載中の高校野球漫画で、単行本の累計発行部数が1800万部を突破。作者母校への密着取材を通し、部活動の実際や野球というスポーツの今を、周辺も含めてリアルに描いた作品です。

 女性監督率いる1年生のみの新設野球部が甲子園を目指すという、いかにも漫画っぽい構図ですが、魔球や根性論は登場しません。スポーツ科学に基づいた練習方法や、試合での選手たちの心理など、現実味を帯びた描写は「野球マンガに新風を吹き込んだ」(手塚治虫文化賞・新生賞)と評価され、プロ野球選手からも支持されています。

 主人公が“俺様な天才”でも“人気の美少年”でもなく、弱気で卑屈なエースピッチャー・三橋くんというのも、おもしろいポイント。彼と個性的なチームメートが、技術面でも精神的にも成長していくようすが、約20年かけて繊細に描かれてきました。

 入部から始まり、初めての夏のほろ苦い経験(公式戦初勝利~県大会5回戦敗退)を経て、秋から冬の練習試合禁止期間へ……その丁寧な筆致も、人気の秘密に違いありません。

■1球たりとも端折らない!? コミックス4巻にわたって1試合を描く!

 37巻かけて1年しか進んでいない理由のひとつは、前述のとおり、高校球児の1年間を丁寧に追っているからです。

 甲子園に直接つながる夏の大会だけでなく、そこへ至る練習や組み合わせ抽選会のようす、秋に開催される地方大会……文化祭や中間試験といった学校行事まで網羅されています。選手たちは、生活のすべてを“甲子園”という目標と結びつけているため、食事のシーンさえ“野球漫画”として読めるのもスゴイ!

 そして、スローな進み具合の最大の理由は、1球たりとも端折らず描かれていること。正確には省略されているケースもありますが、1打席たりとも省かれず描かれる試合、1球たりとも抜かさず描かれるイニングが多いんです。

 投手と捕手がそれぞれどうするか考え、監督の指示も見て球種とコースを決め、同時に打者も次の球を読み……投げて、何が起こったか。その結果を受け、次にどんな球を投げるか。このレベルの密度で、当事者たちの心理や駆け引きが1球・1打席ごとに描写されていきます。そのため、1試合がコミックス4巻にわたる、なんてことも……。

 この手法が「何球も粘られたけれどピンチを切り抜けた!」「ここまで踏ん張ってきたけどついに崩れてしまった」というドラマを生むんですよね。丁寧な描写の積み重ねによる試合の流れがあってこそ、その展開に納得し、心が揺さぶられるのだと思います。

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