みなさんは「不条理ギャグ漫画」というジャンルをご存じだろうか。物事の筋道が立たないことを意味する“不条理”のその言葉通り、ナンセンスな要素が盛り込まれた不思議な世界観が特徴のジャンルである。
今でこそそのような漫画はたくさんあるが、その不条理漫画のジャンルを確立した漫画家といえば吉田戦車氏が挙げられるだろう。
吉田氏は1985年にデビュー。その後、1989年から『週刊ビッグコミックスピリッツ』にて連載された『伝染るんです。』が大ヒットし、このジャンルを確立させた。
ここではそんな吉田氏が80〜90年代に描いたシュールで極まりない「不条理ギャグ漫画」を紹介したい。
■独特な世界観がクセになる『伝染るんです。』
まずは吉田氏の代表作である4コマ漫画『伝染るんです。』を紹介したい。
本作は1989年から1994年まで『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて連載され、“かわうそ君”をはじめとしたキャラクターも話題になった作品だ。
本作の魅力は、やはり突拍子もない不思議でシュールなストーリーにあるだろう。加えて、吉田氏の描くちょっとキモカワイイ絵柄もあって引き込まれてしまう。
たとえばある話では、かわうそ君が巨大なヘビの尻尾をつけて引きずりながら歩き、出会った黒い小熊に「呪われちゃったよ」と言う。その姿とセリフにショックを受けた小熊は卒倒し、ぴくぴくするというオチがついている。まさに不条理なのだが、どうにもこうにも面白い。
『伝染るんです。』は、当時流行っていた使い捨てカメラ『写ルンです』と同じ読み方で、それだけでもインパクトがあった。また、一度読んだら忘れられない独特なストーリー展開には中毒性があり、当時何気なく1巻を手に取った筆者は気づくと全巻買いそろえてしまっていた。本作には、読者の心を不条理の世界に“伝染”させるような面白さがあったのだ。
■実は物悲しさのある奥深い漫画『いじめてくん』
『いじめてくん』は1989年から『コミックバーガー』(スコラ)にて掲載された作品だ。
主人公は戦争中に開発された“いじめてくん”というロボット爆弾だ。このロボット爆弾は見ると思わずいじめたくなるような容姿をしており、過度にいじめると爆発する。しかしいじめてくん本人はすぐ元通りになり、いろいろな場所に出向いて行く。
エピソードの1つには、『浦島太郎』を彷彿とさせる話がある。序盤に亀をいじめる子どもたちが登場するが、本作ではその途中でいじめてくんが登場する。亀をいじめていた子どもたちはいじめてくんに興味を持ち、激しくいじめたのちに爆死してしまう。最後は亀が“おれのいじめっ子を返せよう!!”と叫ぶ、切ない展開で終わっている。
『いじめてくん』はシュールでクスリと笑える場面も多いのだが、人間の心に潜む“誰かをいじめたい”という衝動を具現化した存在ともいえるだろう。ストレスを抱えたとき、もし目の前にいじめてくんがいたら、果たしていじめずに済むだろうか……。そんな人間の心に警鐘を鳴らしている作品ともいえる。
ちなみにいじめてくん自身は自分が爆発することを嫌がっており、爆発するたびに涙を流す優しいキャラだ。全体的に物悲しさが漂ういじめてくんだが、最終エピソードではいじめてくんの将来を案じる大佐や、やさしくしてくれるみっちゃんという女の子が登場し、いじめてくんにも救いがあることが示されている。