抱腹絶倒のぶっ飛びギャグ漫画から、闇を抱える人間の心理をエグいくらいに掘るバイオレンススリラー漫画まで、振り幅が広い古谷実氏の作品。喜劇と悲劇が織り交ぜられ、いずれの作品も、さまざまな魅力的“ダメ人間”が登場する漫画でもあり、それまで少年漫画で育ったであろう読者の多くは『週刊ヤングマガジン』で連載された古谷氏の漫画に衝撃を受けたに違いない。
今回は、そんな濃いキャラ揃いの古谷実作品の中から、特にインパクトの強かったキャラクターを振り返ってみよう。
■伝説のギャグ漫画『行け!稲中卓球部』前野&井沢&田中トリオ
まずは古谷氏のデビュー作であり最大のヒット作でもある、1993年から『週刊ヤングマガジン』で連載された『行け!稲中卓球部』より。ギャグにも様々な方向性があるが、同作のバカさと下品さは振り切っている。ワードで笑えるギャグや顔ネタ、ド直球なまでの過激な下ネタがコマの端まで散りばめられている、まさにぶっ飛んだギャグ漫画だ。
サンチェ、田原年彦、キクちゃんなど強烈な脇役も多い中、輝いていたのは前野・井沢ひろみ・田中のトリオである。最もトラブルメーカーなのは前野だろう。基本的に他人を思いやる感情がない彼は、ひねくれた欲求をあらゆる形で表現し周囲を振り回す。
だが、「はみちんサーブ」をはじめ体を張ったギャグは下品ながら面白く、「ラブコメ死ね死ね団」や「フーセンパン屋さん」などハイセンスなアイデアを閃くのも前野の魅力だ。スケベのためにおかしな行動にも出るが、経験値がないためリアルな出来事が起こるとちょっと引いちゃうところも前野らしくて笑ってしまう。
そんな前野とセットでおバカに興じていたのが、井沢ひろみだ。ホームレスを飼う癖があったりペットボトルを股間にはめたりと奇行も目立つが、竹田たちといるときはわりとまとも。いや、そう見えるのは前野の変態さが突き抜けているからであろうか……。中盤から神谷ちよこと付き合い出し、前野と田中を大きくリードするようになる。
最も異端児だったのが田中だ。無口ながら口を開けばキツイ言葉を吐くのでクセが強めで、パンツ職人だったりおならを溜め込んだり人の家のお風呂で用を足したりと行動は3人の中では一番ヤバい。田中が前野と井沢にガソリンを注ぎ、奇行が激しさを増す場面も多い。
人気エピソード「箱トラベラー」では、突如何もかもがどうでもよくなって「送れえええ」と叫び段ボールに詰めて適当な住所に送られるというトンデモ体験もしており、奇抜さでは前野を凌駕するポテンシャルを秘めている。
■シリアスとギャグのバランスが絶妙!『僕といっしょ』伊藤茂
1997年からは、『週刊ヤングマガジン』で2作目の連載となる『僕といっしょ』がスタートした。同作はコミックス全4巻と短めながら、キレキレギャグがてんこ盛り。登場キャラの濃さも相まって、爆笑必至の作品だ。
その一方で、序盤から義父に「死ねばよかった」と言われた先坂すぐ夫と弟・いく夫を中心に、キャラたちの重い生い立ちが描かれる作品でもある。ダークなネタが随所に散りばめられている作品の根底には、“人生”というテーマがあり、笑いの中に切なさや不条理感が漂う漫画でもあるのだ。
家を出た先坂兄弟が、上野で初めて話した人物がイトキンこと伊藤茂だった。イトキンは、辮髪にタトゥーという気合の入った風貌と、臆病で根性なしというギャップを持つ人物。さらに捨て子という生い立ちで、児童養護施設を脱走して窃盗や空き家を不法占拠しながら生きていた。タトゥーは、睡眠薬を飲まされ知らぬ間に彫られたものだ。
先坂兄弟や進藤カズキと出会いヤングホームレスになるも、理髪店を営む吉田家に引き取られる。実母が近所にいることも発覚したが、対面はしていない。シリアス感をギャグに昇華しているため重苦しい雰囲気はないが、なかなかにヘビーな生い立ちである。
イトキンは吉田家でもクレイジーな行動を繰り返し迷惑をかけまくった。一方で、自分のダメ人間ぶりを理解しており、現実的なものの見方をすることもしばしば。ちなみに、究極の夢は結婚だ。
だが生活が賑やかになるにつれ、次第にシンナーも吸わなくなりイトキンの寂しさも減っていく。過去の自分が現れた際に「平和ボケでもなんでも結っ構ーーだ!!オレは今幸せだ!!」と叫んだり、自分を拾ってくれた吉田父に感謝を述べたりと、孤独な彼にとって吉田家の生活は暖かいものだった。
後の『グリーンヒル』には、明記されていないものの、イトキンと推測される伊藤茂というメンバーが登場している。結婚してしげ美・いく夫という子どもをもうけ、理髪師になっている。