■伊藤潤二節全開! 珠玉の“ボディホラー”エピソード

 肉体の破壊や変形こそ醍醐味の「ボディホラー」。だが一方で、伊藤氏のホラー作品はほかとは一風変わったオリジナリティ溢れるボディホラーが見られる。

 たとえば、「恐怖の重層」なるエピソードでは、体の中心に向かって何層も“皮膚”が重なっている女性が登場している。

 歳を重ねるごとに新たな皮膚の層を形成していく異常体質の人間がテーマなのだが、レントゲンを見るシーンでは、まるでバウムクーヘンが如く肉体に“層”が刻まれた、なんともおぞましい絵面を目の当たりにすることができる。

 人間の体に過去の断層が眠っているという意外性もさることながら、その過去に憑りつかれた人間の恐怖も同時に描いている点は実に巧妙だ。

 また、「寒気」なるエピソードでは、とある不思議な翡翠の力により、体全身に無数の“穴”が開いた、奇妙な人間の姿が描かれている。体が穴だらけになったことで目玉がこぼれていたり、歯が剝き出しになっていたりと、視覚的な恐怖もさることながら、穴から入り込む“寒気”のつらさを訴えるシーンがあったりと、体に穴が開いてしまった独特の感覚を思わず想像してしまう。

 穴が密集した肉体は、伊藤氏の画力も相まっておぞましいの一言。“集合体”が苦手な人にとっては、目を背けたくなる描写かもしれない。

 さらに、伊藤氏が描くボディホラーの集大成とも呼べる作品が、1998年から『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載された『うずまき』だ。

 タイトルが指し示す通り、とある町を舞台に人々がさまざまな“うずまき”に呪われていく物語なのだが、本作での肉体変形のバリエーションが実に豊富。顔面にうずまき状の穴が開くなんて描写は序の口で、二人の男女の肉体がねじれ合うことで組み合わさったり、男性がうずまき状になって桶のなかに収納されたりと、“うずまき”一つとっても実に多種多様なボディホラーが表現されている。

 変形した肉体の描写も実に不気味だが、人々の日常が理不尽な“呪い”に侵食されていく展開の数々にうすら寒い感覚を覚えてしまうこと間違いなしだ。

 総じてどの作品も、卓越した画力と型にとらわれない自由な想像力を持つ、伊藤氏ならではの表現といえるだろう。

 

 伊藤氏の描くボディホラーの数々は、ときに意表をついた表現によって読者の度肝を抜き、強烈なインパクトを与えてくれる。ホラー界の巨匠が仕掛けるボディホラー作品、ぜひ自身の目で確かめてみてほしい。

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