■第101話「とりあげもち」少年の欲深さの代償は重かった
これまで紹介してきたように、本作では不幸な結末を迎えるお客は少なくないが、最後はそのなかでもとくに重い罰となったエピソードを紹介する。
小学生の白野聖は小さいころにお気に入りだった木馬があった。近ごろは興味がなくなったため年下のいとこ・亮に譲ったのだが、その木馬で亮が楽しそうに遊ぶ姿を見て、取り戻したいという欲がふつふつと湧き上がってしまう。
そんな聖が辿り着いたのは、やはり銭天堂だ。「いとこにあげたおもちゃを取り返したい」と告げると、紅子は他人のものを自分のものにできる駄菓子“とりあげもち”を勧める。その効果を確かめたくワクワクと目を光らせる聖は、「食べたあとの行動には気をつけるように」という紅子の注意など耳に入らない……。
家に帰りすぐに“とりあげもち”を食べると、聖はさっそく母親の財布を取り上げ、そして亮から木馬を取り戻す。さらに玩具やゲームなど、他人の持ち物を次々と奪い取っては興味がなくなると捨てるという行動を繰り返すようになっていった。
こんな身勝手な行動をすると、ただでは済まないのが本作だ。聖が夜寝ていると、捨てられた玩具たちが夢に現れ「捨てないで」と訴えてくる。悪夢にうなされ目覚めると、なんと聖自身が木馬の姿となっていた。さらにその後、聖は木馬の姿のまま母親に捨てられ、家に飾られていた家族写真からも聖の姿が消えてしまった。
他人から好き勝手にものを取り上げた欲深さの代償として、聖は人生そのものを取り上げられてしまう。作中トップクラスに悲惨な結末を迎えることとなった。
今回は『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』のブラックすぎるエピソードを紹介してきた。本作は、駄菓子を使って願いを叶える一方で、その結末は客のおこない次第で天国にも地獄にもなる。
身勝手な行動をして不幸な結末を迎える人々の姿は、まるで現代社会を投影しているようだ。本作が子どもだけではなく、大人をも惹きつける理由かもしれない。
今回は紹介しきれなかったが、銭天堂の駄菓子を食べてもしっかり幸せを掴む者もいる。現実に生きる私たちもそうありたいものだ。