■知る人ぞ知る隠れた名作『軽井沢誘拐案内』
そして、ミステリー三部作の第3作目となるのが、1985年発売の『軽井沢誘拐案内』(エニックス)だ。
本作は、長野県にある有数の避暑地・軽井沢を舞台にした、推理アドベンチャーゲーム。プレイヤーは、恋人・久美子が所有する別荘に訪れた大学生として、久美子の妹・なぎさの失踪事件を独自に調査することになる。ひとクセある住人たちと交流し、手がかりとなる情報を集めるうちに、事態は思わぬ方向に進んでいく……。
基本のゲームシステムは、前作『オホーツクに消ゆ』で確立された、コマンド選択方式のアドベンチャーゲーム。場所の移動時には、見下ろし画面でキャラクターを直接操作するモードになったり、ゲーム終盤には、そのモードでの移動中に戦闘が発生したりと、翌年リリースされるファミコン用RPG『ドラゴンクエスト』につながる新機軸のゲーム性が盛り込まれていた。
一連の騒動の背景は前2作同様シリアスだが、全体的なノリは軽妙。ちょっとエッチな雰囲気がするシーンがあったり、何気ないセリフにもどことなくユーモアが漂う作風は、堀井氏本来の持ち味とはいえ、本作に関しては明らかに笑わせにきているセリフが多く、誤解を恐れずに言えば、青春物語色が強めの赤川次郎のミステリー小説に近い感触があった。
リリースの順序的に、ミステリー三部作のトリを飾ることになった本作だが、物語の構想自体は、『オホーツクに消ゆ』の企画をログイン編集部から持ちかけられる以前からあったとのこと。実際、本作は『ポートピア連続殺人事件』のオリジナル版同様、堀井氏がすべてをひとりで手がけた作品であり、フリーライターを本業とする表現者としてのチャレンジ精神に満ちた作品だった。
当時リリースされたのは、PC-8801やFM-7といった主要PC版のみ(※MSX版は、当時大容量を謳ったカートリッジ “メガROM”でのリリースとなった)。ファミコンなどの家庭用ゲーム機に移植されなかったことから、知名度は前二作よりも低いが、堀井氏の個人ゲームクリエイターとしてエッセンスが凝縮されたマスターピースとして、ふたたびスポットが当たることを願ってやまない。
ミステリー三部作のリメイクの動きは、スマートフォンが普及する以前の携帯電話用ゲームアプリとしてリリースされた2000年代前半以降、しばらく音沙汰がなかった。しかし令和になって、『ポートピア連続殺人事件』の40周年記念ソフトや、『オホーツクに消ゆ』の豪華リメイク版が続々リリースされるようになったことで、再評価の機運が高まってきた。残るは『軽井沢誘拐案内』の復活だが……こればかりは時代とのマッチングも重要になってくるので、気長に待つことにしたい。