■凄まじい原作愛とともに綴るもう一つの“月面探査記”…『ドラえもん』辻村深月

 数々の名作を世に送り出してきた伝説的な漫画家、藤子・F・不二雄さん。彼が手掛けた国民的人気を誇る代表作といえば、やはり『ドラえもん』だろう。

 世代を超えて人々に愛され続けているSFコメディ漫画で、漫画連載が終了してなお、数々の映画作品が放映され続けている。

 なかでも、2019年に放映された『映画ドラえもん のび太の月面探査記』は、脚本を小説家の辻村深月さんが手掛けたことでも話題を呼んだ。

 2012年に小説『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞した辻村さんなのだが、実は幼少期から藤子作品の熱烈なファンであり、脚本を手掛けることとなった『ドラえもん』についても、非常に造詣が深い人物である。

 そんな辻村さんは映画版の脚本を務めながら、同時にそのノベライズ版の執筆も手掛けることとなった。高い筆力はもちろん、やはり小説版では随所で過去の作品へのリスペクトやオマージュを存分に感じることができる。

 日常からSFの世界に迷い込む壮大な冒険や、そこで繰り広げられる少年たちの奮闘や友情劇。さらに、子ども向け作品でありながらどこか“人間の恐怖”を見せつけるシーンなど、原作が持つメッセージ性、テーマ性を余すところなく小説で表現している。

 “月”という未開の地を舞台に、小説でありながら大長編漫画を読んでいるような疾走感、躍動感を読者にもたらすのは、辻村さんが持つ『ドラえもん』愛の成せる業なのかもしれない。

 映画版では語られなかった詳細な点も補完されており、映画を見たファンの方にもぜひとも一読していただきたい名作小説である。

 

 圧倒的な筆力で独自の世界観を描く直木賞作家たちだが、数々の人気漫画作品とのコラボでもその凄まじい実力を発揮していた。自身の“色”を下地に原作漫画が持つテーマ性やテイストを見事に表現する点に、あらためて彼らの高い筆力を感じざるをえない。

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