■トキワ荘メンバーとアニメの世界へ

──すごいタイミングで、“漫画の神様”から直々のお誘いが。

鈴木:“トキワ荘つながり”で声をかけやすかったというのもあると思うんですけどね(※手塚さんもトキワ荘の住人だった時期がある)。手塚先生にとって横山先生は、少年時代の憧れの存在だったから、スタッフを無理やり引き抜く形にしたくないとのお考えあっての提案でした。

 その時は正直「行きたいな」と思ったけれど、友達と新しいプロダクションを作る約束をしていることを説明したら、「それじゃあ仕方がないですね」と言ってくださいました。そのかわり、いろいろと面倒を見てくれました。手塚先生には本当にお世話になりましたね。その中のひとつに「ミドロが沼の巻」というのがありまして。

──アニメ『鉄腕アトム』の伝説回ですね! 絵柄がそれまでのアトムとは違って、トキワ荘の先生方のタッチになっている、さらには行方不明となっていた原盤が海外で発見されるなど、後年大きな話題になりました。

鈴木:スタジオを作ったには作ったけど、決まった仕事がなかったんです。僕はテレビコマーシャル用の個人アニメーション制作をスタジオ・ゼロとしてときどき請けていたんですけど、それだけでは会社として回らない。そんな時、手塚先生が「アトムを1話作ればある程度余裕もできるんじゃないか」といって持ちかけてくれたのが「ミドロが沼の巻」の制作でした。

──スタジオ・ゼロとしての実質上の初仕事として有名な「ミドロが沼の巻」ですが、その時点で鈴木さん以外は、アニメーション制作の経験がなかったんですよね。

鈴木:「漫画絵なら自分たちはスラスラ描けるから、とにかくやってみよう」となったんですけど、キャラクター表があるのに無視して描いちゃう(笑)。みんな漫画家だから、自分の絵柄で描くんです。

──全体を見渡せる立場にあった鈴木さんは、さぞかし大変だったのでは。

鈴木:この時、僕は作画監督ではなかったので、直したいのは山々だったけど直せなかったんです。それに、手塚漫画の模写にかけては僕よりも歴が長い連中だったから、「僕が手を入れるよりはいいんだろうな」と思っていました(笑)。関係者を集めての試写では、制作の方に「いやぁ、これじゃダメだね」と言われましたね。手塚先生は「面白かったから、まあいいんじゃない」みたいな反応でした。自分が声かけた手前もあったんでしょう(笑)。

──当時の売れっ子漫画家が集まって、いきなりテレビアニメを作ってしまうなんて、まさにおとぎ話のようです。

鈴木:いま振り返れば面白い話ですね。みんな漫画家としての癖が出ていて。でも、その癖があったからこそ、漫画家としてやっていけたんだなとも思いました。

──スタジオ・ゼロは『おそ松くん』(※1966~1967年)、『パーマン』(※1967~1968年)などのヒット作を手がけた後に、鈴木さんの個人スタジオとして形態を変えていきました。そうした変遷を振り返ってみていかがでしょうか。

鈴木:能力の高い人がいっぱいそろってるからといって、アニメーション制作はうまくいかないものだなと思いました。全体のクオリティを統一できる人がいて、初めていい作品ができる。宮崎駿(※アニメーション監督)さんみたいな力のある人がね。

──宮崎監督とはスタジオ・ゼロ時代から交流はあったのでしょうか?

鈴木:当時はまだ東映のアニメーターだったと思いますが、横のつながりはなかったですね。僕が驚いたのは、彼が独立してスタジオジブリで作品を発表するようになってからです。やっぱりすごい人ですよ。

──具体的にはどのようなところに驚かれたのでしょうか。

鈴木:お話ですね。宮崎さんって、物語の材料をいろんなところから集めてきて、それをもっと膨らませるってことがちゃんとできる人なんです。もちろん、絵の統一感も素晴らしい。

──宮崎作品の登場以降、鈴木さんが「これはすごいな」って思ったアニメーションの傾向や流れのようなものはありましたか?

鈴木:うーん……今だって宮崎さんの新作が世界で高い評価をされていますからね(笑)。

──CG技術が本格的に導入されて以降のアニメに関しては、どんな印象をお持ちでしょうか。

鈴木:作業としては決して楽ではないと思いますが……“間違いがない”っていうか、絵の統一は変更しやすいですね。

──「ミドロが沼の巻」のようなことは起こらない、ということですね。

鈴木:そういうことかもしれません(笑)。

【鈴木伸一プロフィール】
1933年長崎県生まれ。中学時代からマンガの投稿を行い、1955年にトキワ荘に入居。1956年、漫画家・横山隆一の主宰するおとぎプロに入社し、以降、現在までアニメーション制作に携わる。2004年、アニメの自主制作集団「G9+1」を結成。2005年には、杉並アニメーションミュージアム館長に就任した(現在は名誉館長)。

現在「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」にて、特別企画展「鈴木伸一のアニメーションづくりは楽しい!!~トキワ荘からアニメの世界へ~」が開催中(7月15日まで)。
詳しくは、「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」ホームページまで。
https://tokiwasomm.jp/

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