■さりげなく披露されるキリコの“死”への価値観…「小うるさい自殺者」
人を死なす医者……と聞くとなんとも物騒だが、ドクター・キリコは自身の施術に誇りを持っており、安易に“死”を選ぼうとする人間に怒りをあらわにすることもある。
そんな彼の意外な一面を覗くことができるのが、「小うるさい自殺者」というエピソードだ。
ビルから投身自殺をはかった少年を救うブラック・ジャックだったが、少年は自身を助けたブラック・ジャックのことを激しく非難した。そして、傷が癒えてからまもなく、再び自殺未遂を起こしてしまうのだ。
見かねたブラック・ジャックは、なんと自ら“死なす医者”であるドクター・キリコの元に少年を連れていく。
しかし、事情を聞いたキリコは「自殺の手伝いなど出来るかっ!!」と激怒。彼にとって“安楽死”とは難病に苦しむ患者を手助けする救済の手段であり、「俺の仕事は神聖なんだ!!」と言い放った。
はじめこそ少年を追い返そうと怒っていたキリコだったが、頑なに動こうとしない少年に根負けし、望み通り“安楽死”させることを決める。
ようやく死ねる……と安堵する少年。だが、キリコの診療所にいたもう一人の患者・千代子との出会いによって、大きく心を揺さぶられることとなる。
発作によって苦痛な“生”を強いられ安らかな“死”を望む彼女の姿を見て、生きることの意味や価値を見出していく少年。ただただ死にたいと願っていた彼は、やがて昏睡する千代子に自身の腎臓を差し出し、彼女に“生きてほしい”と願うまでに成長する。
“生”と“死”について揺れ動く少年を通じ、あらためてキリコが持つ救済に対する価値観、矜持を感じ取ることができる、実に巧みな構成のエピソードといえるだろう。
人を“死なせる医者”としてブラック・ジャックと相対するドクター・キリコは、独自の思想で人々を苦しみから解放させようと随所で活躍する。苛烈で、ときに冷徹にも思えるその言動は、ただ、患者を救いたいという医者としての“信念”ゆえのものなのである。
24年ぶりにテレビドラマ化される実写版『ブラック・ジャック』で、ブラック・ジャックとキリコの心情はどのように描かれるのだろうか。心待ちにしたい。