『Dr.スランプ』、『ドラゴンボール』といった数々の国民的人気作品を世に送り出した漫画家・鳥山明さんが3月8日、1日に急性硬膜下血腫のため亡くなっていたことが伝えられ、今もなお各所に大きな悲しみが広がり続けている。そんななか、『ろくでなしBLUES』などの代表作で知られる漫画家・森田まさのりさんが、X(旧ツイッター)を更新。鳥山さんとの思い出が数日に渡って綴られている。
訃報を受け、8日に森田さんは「仕事が忙しくて後回しになってるドラゴンボールのイラストの仕事がある…。」「仕事の方こそ後回しにしてそれを先にやればよかった…。鳥山先生に褒めてもらいたかった…。先生!寂しいです…!」と、唐突すぎる別れに対し、コメントを寄せた。
そして森田さんは、高校2年生で手塚賞の佳作を受賞した際に鳥山さんから贈られた直筆の色紙を公開。色紙には『Dr.スランプ』のアラレちゃんのイラストとともに、「森田真法くんへ 連載してね!!」の文字が添えられていた。
激励の言葉にあらためて「添えていただいた言葉は何よりの励みになりました」と感謝をつづるとともに「連載作家になれましたよ!」と、天国の鳥山さんに呼びかけた。
鳥山さんとの思い出は、森田さんの代表作『ろくでなしBLUES』にも反映されている。10日、森田さんが公開したかつての扉絵の生原稿には、主人公・前田太尊がこちらに向けて『ドラゴンボール』に登場する「かめはめ波」のポーズをとるイラストが描かれていた。原稿には「波ーッ」と煽り文句が鉛筆で書き込まれており、ポストには扉絵が採用された『週刊少年ジャンプ』1995年28号の写真や、「これ覚えています 今でも全巻保存してます」といった声が寄せられていた。この投稿からも、森田さんは鳥山さんに多大な影響を受けていたことがうかがえる。
また、翌11日には、「僕はジャンプのアンケートで1位を獲った事は実は一度もない。一度350票くらい獲って、これはついに1位間違いない!と思った週に、ドラゴンボールが700票でダントツだった。結局足元にも及ばなかったなぁ…。」と振り返り、「なんかずっと鳥山先生の事考えてる。とんでもない喪失感…。」と、胸のうちをあらわにしていた。
自身も“ジャンプ作家”として同時期に一線で活躍してきた森田さんだけに、鳥山さんは常に目指すべき目標であり、敬愛する“師”のようなかけがえのない存在であったのだろう。かつてを振り返る森田さんの数々の言葉からは、無念さと、そして鳥山さんに対する大きな尊敬の念が伝わってくる。