■その一言が絶望の心境に光明をもたらす「桓騎」
殺戮・窃盗・凌辱など非道の限りを尽くすことで知られる野盗上がりの残虐集団・桓騎軍。荒くれ者たちを圧倒的なカリスマ性と確かな実力で率いるのが、秦の六大将軍である桓騎である。
秦趙宜安決戦にて、李牧へ奇襲を仕掛けた桓騎だったが仕留めるには至らず、趙軍の騎馬隊の乱入によって逆に脱出不可能の窮地に立たされてしまう。作戦を明確に“失敗”とし、趙軍に包囲される桓騎軍。間もなく最期の瞬間を迎えようというところで、致命傷を負った黒桜が桓騎に「いつものあれ…私達に言ってくれませんか…」と懇願する。すると桓騎は「心配すんなお前達 全部上手くいく」と応え、周囲の仲間たちがその言葉に寄り添うように安堵の笑みを浮かべるのである。
この「全部上手くいく」という桓騎の発言は、ほかの場面でも見られた。李牧への奇襲を仕掛ける直前の森の中、合従軍戦にて韓軍3万の中にたった80人で潜りこむ際など、いずれも桓騎の無茶な奇策に対して不安に駆られた仲間たちに向けられたものだ。
声を張り上げ魂を震わせるように士気を爆発させるのではなく、己をただ信じろという一言だけで全員を導く桓騎のカリスマ性と、その言葉を信じて疑わない仲間との揺るがぬ信頼関係には驚くばかりである。
敵に対しては悪魔的な残忍さを持ち、中華全土で恐れられる存在である桓騎。しかし、その不安を晴らしてやろうと仲間に向けられたこのセリフには、“優しさ”や“情”といった人間的な感情を読み取ることができ、我々読者としてもどことなく安心感を覚えてしまう桓騎の代表的な名言であると言えるだろう。
“火事場の馬鹿力”とはよく言ったもので、燃えるような熱き心を持った人間から溢れ出る力は計り知れないものである。各キャラクターの名言を通して絶望の状況下で奮い立つ兵士の姿を見ていると、“言葉”には確かに力があるのだと感じることができる。
本作では、今回紹介したもの以外にもさまざまな名言が見られるが、読者が置かれているその時々の状況によっても言葉の受け取り方は違ってくるだろう。あらためて『キングダム』を読み返してみると、今まで気が付かなかったささいな言葉に心震わされることがあるかもしれない。