■「反転術式」と「術式反転」ってどう違うの?

 もう一つ、「懐玉・玉折」編のカギにもなった「反転術式」について。

 反転術式を使うには極めて繊細な呪力操作が求められ、術師でも使える者はごく限られているという。この術式については、呪術高専で校医をしている家入硝子や、単行本0巻の主人公・乙骨憂太が使っている場面から、治療やダメージの回復に用いる術式というイメージが強い。一方で反転術式をつかんだあとの五条は、「術式反転」による大技「赫」を繰り出している。

 単行本2巻には、作者による反転術式の解説が掲載されている。それによると、呪力はそもそも負の感情であり、要はストレスのようなものだという。マイナスのエネルギーなわけだから、生き物を治すのに呪力は向いていない。それならば、呪力の性質をマイナスからプラスに変えてやればいい。

 ここで登場するのが、数学で習った「マイナス×マイナス=プラス」という法則だ。マイナスの性質を持つ呪力同士を掛け合わせれば、プラスの性質に反転する。これが「反転術式」だ。ここからも分かるとおり、反転“術式”とは言うものの、生まれ持った個人の術式とは関係なく、どちらかというと呪力操作の部類になるようだ。

 このように呪力を反転させてプラスに転じたエネルギーを、五条が持つ術式・無下限呪術に流して発動したものが「赫」となる。本来マイナスのエネルギーを流すことで「収束」という機能を発揮していた術式が、プラスのエネルギーを流したことで「発散」という方向に反転するというわけだ。

■結局『呪術廻戦』はどんな作品なのか?

 これらの設定を振り返ってみると『呪術廻戦』とは人間の心を、それもネガティブな側面を根底に置いた作品だとあらためて思う。

 負の感情の産物を倒す呪術師たちも、力の源になっているのは負の感情で、その点やはり本作の主題は“呪い”なのだろう。「俺は正義の味方(ヒーロー)じゃない」「呪術師なんだ」という伏黒恵のセリフが活きている。

 また、呪術戦の極致とも呼ばれる「領域展開」が自分の心の世界を具現化して相手を引き込むことであり、その世界では自分は無敵になれるというのも、なかなか皮肉の利いた設定だ。自分の作り上げた世界で万能感に浸るのもまた、人間の特徴的な心の作用だろう。

 一方で「反転術式」の設定からは、負の感情でも上手にコントロールして枠組にはめることができれば、それは大きな力になり得るという希望的な側面も見えてくる。

 現実世界で言うと、嫉妬や屈辱をバネに出世した人なんかは、呪いを反転した人なのかもしれない。ただ、それが成し遂げられるのは限られた人だけだし、成し遂げたあとには五条のように万能感に呑まれて、つい釈迦の言葉を口走るほど有頂天になるかもしれないが……。

 このあたりも人間の実にイタいところで、そう考えるとやはり皮肉の利いた作品だな、と思う。

 

「思う存分」「呪い合おうじゃないか」という夏油傑のセリフが象徴しているとおり、“呪い”という暗いテーマを宿した『呪術廻戦』。現在放送中の「渋谷事変」編に際しては、呪いに吞みこまれてしまわないように、しっかりと心の舵取りをした状態で臨みたいところだ。

  1. 1
  2. 2
  3. 3