高畑勲さんが手がけた『おもひでぽろぽろ』は、1991年に公開された。岡本螢さん原作で、刀根夕子さんが作画を手がけた漫画をアニメ化したもので、アニメ版では主人公が大人になった岡島タエ子に変更されるなど、アレンジも加えられている。
昭和40年代の日本を舞台に描かれた本作には、現在になって見返すと驚いてしまうようなシーンがたびたび登場する。昭和時代を知る人にとっては「当時はこうだった」と懐かしく思える慣習なのかもしれないが、今の世代の人が目にすると現代との違いに驚いてしまうのだろう。
そこで今回は、『おもひでぽろぽろ』で描かれていた“昭和の子育て”にスポットライトを当て、振り返ってみたい。
■裸足で外に出ただけで…? 父がタエ子を殴った理由
『おもひでぽろぽろ』において「父親がひどい」という感想を目にすることが多い。というのも、裸足で外に出てしまったタエ子を父が突然殴るという衝撃のシーンが描かれているからだ。
しかし、実はこのシーンには前振りがある。まだ10歳の幼いタエ子は、好き放題ワガママを家族にぶつけていた。まだまだ物事の分別がつかない時期でありながら、大人への憧れも大きくなってくる年頃のタエ子。
彼女は次女・ヤエ子のエナメルのバッグを「欲しい」と言った直後に長女に“子どもっぽい”とケチをつけられたことで「いらない」と言ったりと、普段から奔放に振る舞っていた。それだけでなく、ほかにも小さなワガママはいくつも重なっていたのだ。そして例のシーンへと繋がっていく……。
家族で食事に出かけようとするシーンで、タエ子は機嫌を壊し「行かない」とワガママを言ってしまう。家族はそのまま出かけようとするのだが、タエ子は“やっぱり行きたい”と思って裸足で外へ飛び出してしまうのだ。「行かない」と言ったのにもかかわらず、靴も履かずに飛び出してきたタエ子。そんな彼女を父は殴っている。
どんな理由があれ暴力行為を容認することはできないのだが、昭和を生きた人のなかは「殴られて育った」という人も少なくない。子育てにおいて、親が子どもを殴るということは珍しいことではなかったのかもしれない。そんな“昭和時代”を象徴するこのシーン。
高畑さんはあえてこのリアルな日常を描くことでタエ子の心の成長と、父という人物像を描いたのだろう。しかし、今あらためて見ても衝撃的なシーンであることに間違いはない。
ちなみに、原作漫画において、タエ子は昔を振り返り「ワガママでもいい 凜々しく育ってほしい…それが父の美学だったのかもしれない」と、このときの父の思いを考察している。事実、2人の姉たちが言うように、父はタエ子に対してどちらかといえば甘い一面も見せていた。
“女性らしく振る舞ってほしい”という考え自体、“昭和ならでは”のものかもしれないが、親世代になってみると親としてのタエ子の父の思いも少し理解できるような気がするのは筆者だけだろうか。