■向き合ってもらえなかった思い

 もう一つの迷言「サボテンが花をつけている」も、カミーユから殴られた直後に発せられたものだ。

 女性士官レコア・ロンドが戦闘中に死亡したという知らせを受け、“クワトロがレコアの好意を無碍にしなければ、彼女が強引に戦闘に出て死ぬことはなかった”という言いぶんで、カミーユはクワトロを責めた。レコアの部屋で殴り倒されたクワトロの目に、黄色い花をつけたサボテンが映る。それを見たままに呟いたのが、この言葉だ。

 これ以前にクワトロがレコアの部屋を訪れたのは第32話、ちょうど彼女が部屋いっぱいに茂っていた植物を片付けているところだった。彼女は、緑が急に嫌になったことや、“何もかも捨てて どこかへ行ってしまいたい”という気持ちをクワトロに伝えた。

 このとき、レコアの心はすでに敵であるパプテマス・シロッコに傾いていた。そんな局面で、これまで愛情をかけてきた植物を片付け始めるというのは、暗に彼女の気持ちがクワトロから離れつつある表れだと考えられる。同時に“どこかへ行ってしまいたい”と告げたのは、彼が自分を引き留めてくれるかどうか試す思いもあったのだろう。

 しかし彼は「人は誰も 引きずっているものは 死ぬまで捨てられんよ」という正論で答えをはぐらかす。このあとレコアが放った「大尉って 泣くことあるんですか?」という言葉は、翻訳するなら、“あなたは人の気持ちってモノが分かんないの?”といったところだろうか……。

 レコアが死んだと聞いたあと、カミーユが来る前からクワトロはレコアの部屋にいたのに、サボテンの花には気づいていなかった。それだけ何も見ていないのだ。やっと気づいたのは、カミーユに殴られ、サングラスを通さずにきちんと部屋を見てから。ここで彼はサボテンの姿を通して、初めてレコアの姿と正面切って向き合うことになったのかもしれない。

「サボテンが花をつけている」という言葉には、”レコアとちゃんと向き合った”という意味も込められているのではないだろうか。

■残されたサボテンはレコアの思いの象徴だったのか…

 植物を片付けることがクワトロから思いを引き上げる暗喩だとしたら、唯一部屋に残されていたサボテンは、捨てきれなかった思いの象徴だろう。

 レコアは一見死に場所を求めているようで、実は女性として求められる場所を強く望み、最期は男への恨み言とともに死んでいった。それこそ憂いを溜め込んで膨らんだ、トゲだらけのサボテンのような最期だ。死に際してやっと儚い夢が花開いたのも、なんだか皮肉なようで悲しい。

 

 “名言”が共感や憧憬を集めるのは、語り手の信念がうまく言葉で伝えられているからだろう。一方で“迷言”には、言葉に乗り切れなかった複雑な思いがあふれている。そう考えると、迷言とはなんとも味わい深いものだ。

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