■拷問によりえげつない闇落ちを果たした主人公

 続いて、“漫画史上最もえげつない闇落ち”で有名な石田スイ氏の名作『東京喰種トーキョーグール』から、金木研を紹介したい。

『東京喰種』は人間を食べることでしか生き永らえない喰種と、それに対抗するために組織された捜査官との戦いを描いたバトル漫画だ。主人公の金木研は文学が好きな、一般的な大人しい大学生だったが、とある事件をきっかけに半喰種になってしまう。

「人を食べてはいけない」という人間の理性と「飢えを満たしたい」という喰種の欲望の狭間で葛藤しながらも、「あんていく」という喫茶店に集まる喰種たちと出会い「生きている人を食べない喰種」としての生き方もあると知った金木。

 人間の友だちと、喰種の仲間。自分の中の人間と喰種の折り合いがつけられるような気がしていた矢先に現れたのが、“拷問が趣味”という恐ろしくサディスティックなヤモリという喰種だった。親子の喰種を人質に取られ拉致された金木研は、ヤモリによる凄まじい拷問を受けることになる。

 喰種の体は非常に頑丈であり、怪我をしても時間と共に再生する。個人差はあるが、指を切断された程度であれば数時間で生えてくるのだ。ヤモリはその喰種の再生力を利用し、金木研を椅子に縛り付けて、爪を剥ぎ、足の指を全て切断し、ムカデを耳に入れ、回復を待っては何度も何度も何度もそれを繰り返す……。

 痛みのストレスで髪の毛が真っ白になっても、ヤモリの拷問は終わらない。「どっちを殺すか選べ」。目の前にいたのは、金木研が大人しくついてくる条件と引き換えに助けられたはずの親子。ヤモリは、肉体的にも精神的にも完全に金木研を壊すつもりだった。

 永遠に繰り返される痛みの中で究極の2択を迫られ、葛藤を繰り返す金木研。しかし、ヤモリは最終的に親も子も殺すという鬼畜っぷりを発揮し、金木研の心は完全に壊れてしまった。

 どうしようもなく喰種である自分を突き付けられ、ヤバいほうに吹っ切れた金木研は完全に喰種として覚醒するのだった。あっさりとヤモリを撃退し、喰種の世界に、その戦いに積極的に関わるようになっていく。

 覚醒した金木研の戦い方は、元の性格からは考えられないほど残虐そのもの。「あんていく」の仲間であるトーカの実の弟、アヤトとの戦いで発せられたセリフは衝撃的だった。

「だから、君は半殺しだ」「半殺しの定義ってなんだと思う?」「骨かなと」「人の骨はだいたい206本」「という事で今から103本 君の骨を折る」

 とても主人公のセリフとは思えない。この一連のセリフだけで、金木研がどれだけ闇に堕ちてしまったかが伺えるというものだ。

■「怒髪天をつく」衝撃的変貌を遂げた主人公

 最後は『HUNTER×HUNTER』より、キメラ=アント編で自身の姿を変えるほどの闇堕ちをしてしまったゴン=フリークス。

 真面目で純粋で友だち思いで、『週刊少年ジャンプ』主人公としてどこまでも真っ直ぐなキャラだったゴンだったが、ところどころで「危険」な人物であるという描写もされていた。それがいよいよピークに達したのが王直属護衛軍の一人であるネフェルピトーとの戦い。先輩ハンターであるカイトがピトーにやられ、それを自分のせいだと責めたゴンは、そのカイトが元に戻らないという絶望やピトーの嘘によって怒りの限界を迎えてしまう。

 目は真っ暗に濁らせ、念能力の制約によって自身をピトーを倒せるレベルまで強制的に成長させたゴンは、全身全霊の拳で容赦なくピトーの頭蓋を砕いた。

 この一連の闇落ちは、王とコムギの感動的なラストシーンの裏側で描かれた。「もう これで 終わってもいい だから ありったけを」と悲しく沈んでいった一方で、読者に強烈なインパクトを与えた容姿の変化。

 キメラ=アント編のメインはあくまで王の討伐で、ゴンとピトーの話はサイドストーリーである。そこに読者の予想を裏切る「主人公闇落ち」が描かれる点が、冨樫義博作品ならではの展開と言えるだろう。

 悲しく辛い「闇堕ち」ではあるものの、一方で圧迫感を闇のパワーで一掃してくれるような、ある種のカタルシスを感じさせてくれる。もしも、今回紹介した漫画をまだ読んだことがないという人がいたら、ぜひこの機会に手に取って頂きたい。どれも名作ばかりなので、きっと世紀の闇落ち主人公に不思議な爽快感を感じられることだろう。

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