■仲間の命を差し出すほどの覚悟で主君に仕えた捨丸

 原作・隆慶一郎氏、作画・原哲夫氏による歴史活劇『花の慶次-雲のかなたに-』(集英社)は、漢の中の漢である武人が数多く登場する作品である。実在の人物である前田慶次郎利益を題材に採った本作の主人公・前田慶次は、天下一の傾奇者として自由奔放に生きる武将として描写されている。一般に武将のイメージといえば、格式を重んじて主君に命を賭けて仕えるというものだが、慶次にはそんな常識は当てはまらない。

 慶次が何よりも大事にしているのは「人」。だからこそ、上の人間だろうが下の人間だろうが関係なく、理不尽なことに対しては誰が相手だろうと戦う気構えを貫き通す。面目を重んじる武士は些細なことでも切腹を命じられることがある時代にあって、そんなことは全く恐れず自由闊達にふるまう傾奇者であり、正真正銘の漢の中の漢、それが前田慶次という男なのだ。

 そんな慶次に惚れこんでしまう男たちの中でも印象的だったのが忍の捨丸だ。弟の仇であるにも関わらず、慶次の立ち居振る舞いを見て感じ入った捨丸は、家来にしてくれるように懇願する。しかも、慶次に仕える証として、仲間7人の首を差し出すという覚悟も見せる。これには慶次も男気を感じて、捨丸が自分に仕えるのを許すことにする。慶次が捨丸のことをひとりの人間として認めていたからこそ成り立った主従関係であり、その絆によって結ばれた信頼関係が長きに渡り強固なものとなったのも納得だ。

 慶次という人間の計り知れない器の大きさと、その生き様の懐の深さには、多くの読者も魅了されてしまったものだ。

■人生に退屈した阿紫花英良が見せた最期の輝き

 藤田和日郎氏の『からくりサーカス』(小学館)で、主人公・加藤鳴海の男気に惹かれてしまうキャラクターが阿紫花英良(あしはなえいりょう)だ。「お代はいかほどいただけるんで?」が口癖で、金さえ払ってもらえればどんな仕事もきっちりとこなす殺し屋である。そんな阿紫花は、遺産相続争いの渦中にある才賀勝を連れ去るため雇われ、鳴海の敵として現れる。しかし、勝が10億支払うと話すとあっさりと寝返ってしまう。

 金で動くフットワークの軽さが阿紫花の持ち味でもあるのだが、一方でその薄っぺらさを阿紫花自身もどこかで理解していたからこそ、一切ブレることのない信念を持ち目的のためなら命を賭ける主人公・鳴海という存在を眩しく感じつつも惹かれてしまったのだろう。

 それが表れたのが阿紫花が最期を迎えるシーンで、鳴海からの勝を守れという依頼を10円で引き受け、勝が乗ったシャトルを狙うオートマータとの戦いの中で命を落とすことになるが、その表情は成すべきことをやり遂げて満足したものだった。阿紫花は鳴海のお陰で、それまで退屈だと思っていた人生を変えることができたと言えるだろう。

 味方だけではなく敵キャラまで魅了してしまう主人公は、まさに王道とも言える。そして、そんな主人公に惹かれてしまい、その生き方すら左右されてしまう敵キャラの姿を通して、読者はさらに感情移入することが可能になる。誰しも気高く誇りと矜持を持って生きることが理想だとわかってはいるが、現実の中でそれを貫くのは容易ではない。主人公に魅了される敵キャラは、そうした読者のリアルと物語との間を橋渡しする愛すべきキャラクターとも言うことができるだろう。

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