■『千と千尋の神隠し』の「いつも何度でも」は違う作品の曲だった

 2001年に公開された『千と千尋の神隠し』の主題歌「いつも何度でも」は、ライアー(竪琴)の優しい音と、木村弓の趣のある歌声が響くいわずと知れた名曲だ。しかし実はこの曲、『千と千尋の神隠し』のための曲ではなかったという。

 2001年7月に刊行された『千尋と不思議の町 千と千尋の神隠し 徹底攻略ガイド』(角川書店)に収録されているインタビューで、木村は宮崎監督の作品に歌で参加したいという思いから監督へテープと手紙を送ったことを明かしていた。

 後日、『煙突描きのリン』という作品が形になるときが来たら連絡するかもしれない、という宮崎監督から返事があったが、しかし残念なことに、この作品自体がお蔵入りとなってしまう。

 その後、宮崎監督は『千と千尋の神隠し』を製作するのだが、このとき主題歌は久石が作曲し、宮崎監督が作詞することになっていた「あの日の川へ」になるはずだった。

 しかし宮崎監督は、2週間ほどを費やしても歌詞を完成させることができなかったそうだ。そんなとき思い出したのが、まさに木村の「いつも何度でも」。「これ以上のものは自分にはないと思う」と鈴木に提案し、主題歌に大抜擢となった。

 2001年1月に刊行された『千と千尋の神隠し 千尋の大冒険』(ふゅーじょんぷろだくと)で、「もしかしたら、自分の中で潜在的にこの歌がきっかけとなって、『千と千尋』を作ったのかもしれない」と語っていた宮崎監督。何年も前に耳にしていた「いつも何度でも」をきっかけに大ヒット作が生まれたのかもしれないという、夢のようなエピソードが語られていた。

■『魔女の宅急便』の「やさしさに包まれたなら」はもともと不二家のCM曲だった

 1989年公開の『魔女の宅急便』の主題歌は“ユーミン”こと松任谷由実(荒井由実)の「やさしさに包まれたなら」だ。

 彼女はこの曲について、2020年11月27日放送の『中居正広金スマ』で、「あれはキャンディーのコマーシャルのために作ったんです。」と語った。キャンディーとは、不二家の“ソフトエクレア”という商品で、この商品のCM用に作ったのが名曲「やさしさに包まれたなら」だったようだ。

 当初宮崎監督から『魔女の宅急便』の台本を見せてもらい、主題歌を書き下ろして欲しいと頼まれていた松任谷。しかし何を求められているのかが分からなかったことから、渋る松任谷に宮崎監督が提案したのが「やさしさに包まれたなら」を主題歌にするというアイデアだったそうだ。

 別の案件で作曲された曲ではあるものの、できあがってしまえば『魔女の宅急便』の作風にピッタリの主題歌になっているのだから、運命を感じてしまうような不思議なエピソードだと思う。

 

 スタジオジブリの名曲たちには意外な事実が隠されていた。作品にピッタリの名曲が、CMの再利用であったり、違う作品に起用するはずだった主題歌があったりとさまざまな事情があるのだが、名曲たちはときにこのような偶然によって生まれるのかもしれないとも思う。

 結果的に見れば、これらの曲たちは作品とともに私たちの心に深く残り続けており、今後も子どもや大人まで幅広い世代に愛されながら歌い継がれていくのだろう。

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