■リンは天帝の双子の妹だった!
ストーリーの最初からケンシロウと出会い、行動を共にする少女・リンだが、彼女にも驚きの設定がある。それは一般人ではなく中央帝都の生まれだったということだ。中央帝都はラオウ亡き後に台頭し領土を拡大した軍事勢力で、その頂点に立つ存在である天帝の言葉に多くの人間が従いその身を捧げていたが、実際に天帝軍の指揮権を握っていたのは総督のジャコウだった。
ジャコウによって地下に幽閉されていた天帝の正体は、リンと瓜二つの少女・ルイであった。実はリンとルイは双子の姉妹で、生まれた時に「双星が育てば天は二つに割れる」という言い伝えによって、どちらを殺すかという選択を迫られ、殺される対象として選ばれたのはリンだったが、リンは帝都の将軍であるファルコによって密かに逃がされて生き延びることができたのだ。その後、成長してバットと共に北斗の軍を率いていたリンは、生き別れの姉妹であるルイと再会することになり、ジャコウの恐怖政治を終わらせ、帝都を新たな形に導くことに成功した。
序盤から登場してずっと読者が見てきたリンは、ある意味では荒廃した世界の中で虐げられる普通の人々を代表する存在だった。それだけに、ここへ来てまさかそんな背景が後づけされるとは思わなかっただろう。しかし、あらためてその設定を踏まえて考えてみると、ケンシロウに偶然出会ったリンの強運のすごさも感じる。ケンシロウと出会わなければ、リンは北斗の軍を率いることも、ルイと再会することもなく、ひとりの一般人として過ごしていたはずだからだ。
■ケンシロウには実の兄がいた!
そしてやはり、誰もが驚くキャラ設定といえば、なんと言っても主人公であるケンシロウについてのものだろう。北斗神拳の伝承者候補としてリュウケンに養子に迎えられた4兄弟のひとりとして育てられた、というのがラオウとの死闘に至るまでのケンシロウの設定で、出生については詳しいことは明かされていなかった。
しかし、ケンシロウが海を渡り修羅の国へ足を踏み入れると、驚きの事実が判明した。それはケンシロウやラオウ、トキは修羅の国の生まれで、ケンシロウには実兄のヒョウがいるということだ。
修羅の国は世紀末に武力によって制圧されかけていて、ジュウケイはラオウやトキと共に赤ん坊のケンシロウをリュウケンのいる本土へと逃がした。その際に修羅の国に残ったヒョウは、ラオウに向かって「ケンだけはおまえの手で守ってくれ!」と弟を託したのだ。
ケンシロウは修羅の国でヒョウとの再会を果たすも、カイオウによって洗脳されていたヒョウはケンシロウの記憶を失い、敵とみなして対峙する。戦いを経て記憶を取り戻したヒョウはケンシロウのことを思い出すが時すでに遅く、命を落とすことになった。
しかし、後に『週刊コミックバンチ』(新潮社)で連載された『北斗の拳』の過去を描いた続編『蒼天の拳』冒頭ではリュウケンがケンシロウに名前を付けるシーンがあり、これには筆者は疑問を感じた。『北斗の拳』ではケンシロウはすでに名付けられた状態でリュウケンの元へ送られたはずなのだが、『蒼天の拳』ではリュウケンが尊敬する兄である霞拳志郎から名前をもらってケンシロウと名付けているのだ。これはさすがに明らかに矛盾していて、どちらの設定を信じればいいのか悩ましいところだ。
日本における世紀末ポストアポカリプスものの代表格と言える『北斗の拳』だが、バイオレンスとロマンスに彩られた壮大なストーリーの中には、今回紹介したような、後出しのように付け加えられたキャラ設定がいくつもあったりする。しかし、それもまた一大叙事詩としての面白さのひとつと言えるだろう。次々に登場する魅力的なキャラクターたちと、そこから生まれる新たな関係性によって、さらに新たな展開が紡がれていく。その圧倒的なダイナミズムの前には、設定に多少の矛盾があろうと些末なことだと思わされるのだ。