今年で連載開始50周年を迎えた手塚治虫氏の『ブラック・ジャック』は、天才外科医のブラック・ジャックがさまざまな患者を救っていく物語である。笑いあり涙あり、考えさせられる要素ありと見ごたえたっぷりで、今なお多くのファンに愛され続けている名作だ。
ブラック・ジャックは“金次第でどんな手術でもする”と評判で、自身もそのように公言している。また金を積まれなくても自分の信念次第で、難しい手術を引き受けることも多くある。
手術する対象は人間にとどまらず、場合によっては犬や猿、イリオモテヤマネコなど、動物を助けることも少なくない。ちなみに開業して最初の患者は、人間ではなくシャチだった(秋田文庫版第2巻収録「シャチの詩」)。
このように人間でなく動物……というのならまだしも、実は本作にはそのほかとんでもない患者がしばしば登場している。そこで今回は「そんなものまで手術しちゃうの!?」と驚かされたエピソードについて紹介していこう。
■患者はミイラ…!? “千五百年前のケガ人”を大真面目に処置
秋田文庫版第13巻収録の「のろわれた手術(オペ)」。このエピソードは、古代人の墓を掘り起こした学者たちが落盤で危篤状態になるところから始まる。彼らは病院に運び込まれるが、手術しようとした主治医はなぜか全員事故で大怪我を負う羽目に。世間では“ミイラののろい”などと騒がれ、治療を引き受ける者がいなくなってしまった。
そこでブラック・ジャックに“オハチ”が回ってくるのだが、彼は呪いなどまったく信じておらず、四千万円で手術を引き受けることに。
手術前、ふと気になってミイラを見せてもらい、“彼女”が事故で亡くなったらしいと知ったブラック・ジャック。その後、早速ケガ人のもとへと向かうのだが、飛んできたり落ちてきたりした器具で怪我をし、噴きこぼれたお湯でやけどをするなど、散々な目に……。
そこでブラック・ジャックは呪いを信じないスタンスを貫きながらも、ほかの患者とともにミイラも“千五百年前のケガ人”として手術することに。「手術もせずにほうってあるきず口を見るのはがまんできないんだよ たとえ死体でもだ」と、言い切る姿が彼らしい。
結局、学者たちの治療と並行してミイラの折れた右足と左手、穴のあいた右側頭部も大真面目に処置したおかげか、手術のときに事故が起こることはなかった。
ちなみに結末も素敵なこのエピソード……ぜひ本編を読んで確かめてみてほしい。
■ケガをした“宇宙人”の手術も引き受ける
ミイラの手術くらいで驚いていてはまだ早い。ブラック・ジャックは、“超現実的な存在”を手術したことも何度かあるのだ。同じく秋田文庫版第13巻に収録されている「未知への挑戦」で、彼はなんと“イウレガ”という星から来た宇宙人の依頼を引き受けている。
宇宙人は人間に攻撃されたうえ、治療のための装置も壊されて途方に暮れていたという。はじめは断ろうとしたブラック・ジャックだったが、ケガをしている宇宙人の夫から「妻に死なれたら…私ももう生きていたくない」と訴えかけられ、結局は手術することを決めた。
しかし相手は宇宙人、人間の常識が簡単に通用するはずもない。料金の概念を知らなかったり、いざ手術を始めると患者の夫が「ワーッ これ以上妻をきずつける気かっ!!」と騒ぎ始めたりと、ブラック・ジャックとのやり取りがいちいち面白い。宇宙人はずっと無表情なのだが、だんだん可愛く見えてくるのだから不思議だ。
手術も無事終わり、宇宙人はブラック・ジャックに言われたとおり“百ドル紙幣を二千枚”手渡すのだが……ラストには思わず笑ってしまう展開が待ち受けている。